真昼の月、真夜中の太陽…5
目に見えなくとも、其処に在り続けるモノ。仮令、その想いを伝えられなくとも。




 だからと言って、赦せる訳でもないのだが。
 大量の血に濡れた制服は、とても袖を通す気には成れない為、《井戸》に手を差し入れ目的の物を手に取る。
 取り出した衣服を身に付け、背後を振り返ると皆守は九龍に視線を向けず、壁に凭れ床の一点を見詰めていた。
 ぎゅ、と拳を握り皆守に近付く。

「……皆守」

 声を掛ければ、視線だけを此方に向けるが直ぐに逸らされる。何度、名を呼んでもそれは同じで。
 元来、九龍は気の長い方ではない。理不尽な行いを与えられ、そのショックも冷め遣らぬ内に不可解な行動を起こし、尚且つ、声を掛けても返答が無い現状は堪忍袋の緒を切れさせるには充分だった。
 僅かばかり高い位置にある皆守の顔を両手で掴み、無理矢理此方を向かせる。

「とりあえず、歯ァ喰いしばれ」
「………」

 無言のまま、皆守は静かに目を閉じた。殴られる事は覚悟の上、とでも言うのか。だが、九龍が皆守に与えたのは顔面ストレートでは無かった。
 皆守の腹目掛け、鋭い拳が叩き込まれる。しかも、その手にはメリケンサックが装備されていた。予想していなかった箇所への攻撃に、皆守の口からは呻きが上がる。

「ムカついたから、一回は殴っておく。此処なら直ぐ治るだろ」

 殴った手を揺らしながら、皆守から一歩離れる。昼間までは感じなかった、お互いの心の距離。何度も訪れる沈黙が、その距離を更に広げて行く。

「言う事が無いなら、もう良い。俺は忘れるから、お前も忘れろ。……あと、二度と俺に関わるな」

 何も解らないまま、傍に居る事に九龍は耐えれそうに無かった。期待と不安を抱いた状態で、下手に傷を負うよりは逃げた方が楽だった。仮令、永久にその存在が失われようとも。
 借りていた上着を投げ返し、扉へと足を向ける。押し開けようとした直後、九龍の背を暖かい何かが覆った。
 同時に、甘く香るラベンダーの香り。

「悪かった」
「何が?」
「お前を……傷付けた。お前の言う通りに、もう二度と関わらないさ」

 呟かれた皆守の言葉に、カッと血が上る。九龍は勢い良く振り返ると、皆守の胸倉を掴んだ。指先が色を失う程に、強く握り締める。

「俺が……ッ!俺が何想ってんのか解ってんのかよ!」
「お前が言ったんだろ」
「言った。言ったけど、違うッ!」
「如何違うって言うんだよ」
「んなモン自分で考えろ!」

 売り言葉に買い言葉。段々、自分の発言が意味を成していない物になっているのが解っているが、止める事が出来ない。ついでに出た拳は、今度はあっさりと避けられた。

「避けんな!」
「そう何回も殴られて堪るかッ。第一、お前メリケンサック着けたままじゃねぇか!」
「行き成り襲い掛かって来たヤツが言うなぁッ」

 次々と繰り出される攻撃を避けていた皆守の動きが、ピタリと止まる。深い決意を秘めた目が、九龍を射抜いた。
 少しトーンの下がった声音が発するのは、素直に成りきれない愛の告白。
 人間とは、現金なもの。先程まで九龍に圧し掛かっていた不安は、今は一片も存在しない。行為に関しても、理由を察した為、怒りは無くなっている。
 皆守が《副会長》である以上、戦いは避けられないだろうが、その時は今のように遠慮なく殴り掛かって行けば良い。
 九龍は皆守を真直ぐに見詰めると、口角を上げた意地の悪い笑みを浮かべた。

「俺の本命の話、したよな」
「……したな」

 昼間の会話を思い出したのか、皆守の眉間に皺が寄る。
 この様子では思い違いをしてるな、と九龍は見当を付けたが、気付かない振りをして話を進めた。

「で、俺はお前を月みたいだなー、と思ってんだよ。特に昼間はな。授業中なんて、居るか居ないか判んねぇし」
「おい。九龍─── 」
「ま、後は好きに取れば良いよ」
「ちょ、待て!」

 捕らえようと伸ばされた手を避けそういや、やっちーの言った通りだな、等と考えながら皆守を置いてさっさと寮に戻る。《井戸》の中で大分血も戻っていたのか、その足取りは確固としていた。





    終


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