真昼の月、真夜中の太陽…3
目に見えなくとも、其処に在り続けるモノ。仮令、その想いを伝えられなくとも。



 馬鹿な事を言った。
 軽く流せば良いだけの話だと気付いたのは、思わず口を滑らせた後だった。

「……何考えてんだ、俺」

 しかも、自分が不用意に発した言葉に気を取られ、あの程度の化人に怪我をするなんて。間抜けにも程がある。
 救いは、今夜のバディ達に怪我が無かった事くらいだ。
いくら元・《執行委員》とはいえ、探索や化人相手の戦闘に関してはずぶの素人。プロである自分がミスを犯せば、それはそのまま彼等の危険に繋がる。決して、起こしてはいけない失態だった。
 ましてや、個人的な感情───恋愛感情に因るもの、など。
 抉られた脇腹を、そろりと指でなぞる。未だ乾き切っていない血液が指先に付着したが、この場所の効果か傷口は既に塞がり、痛みも殆ど無い状態まで回復していた。あとは、失われた血液が戻るのを待つだけだ。
 怪我への危惧が無くなると、次に意識が行くのは見た目の惨状だった。アサルトベストの下に着込んだ制服は勿論、その下の防刃素材の服すら裂かれている。調査が残っているから、と先にバディを帰した時(実際は《魂の井戸》に寄る為だったが)に、彼等が心配気な表情を浮かべていたのはコレの所為だったのだろう。傷は隠せれても、流石に衣類の損傷は隠せれない。

「うっわ。しかもズボンまで血塗れ」

 上着を脱ぎ捨て、《井戸》から取り出したタオルで体を拭う。白く柔らかなそれは、一瞬にして赤く染まり上がった。使い物にならなくなったタオルを投げ捨て、新たに取り出そうとした手が止まる。
 身を整えてしまえば、もう此処に居る意味は無い。九龍は、自室に戻りたくなかった。
 今迄、怪我をして帰る度に何故か《夜遊び》に誘っても、怪我を知らせてもいない隣室の住人にばれ、後始末を強制的に行われていた。このまま戻れば、今夜もその状態が待ち受けているだろう。
 その都度、疑問を投げ掛けたくなる。
 偶然起きたと言っているが、その偶然はこんなに続くものなのか。
 どうして、世話を焼くのか。
 お前の仕事は、俺の監視じゃないのか。
 情報の収集を得意とする所為か、皆守の隠された部分には直ぐに辿り着いた。知ってからは、転校当初、不思議に思っていた皆守の行動も合点がいった。監視だと思えば、何ら違和感は無い。
 ただ、彼の優しさを除いて。
 敵である《墓荒らし》を気遣い、時に守ろうとする意図が解らない。そして、解らないままに何時の間にか惹かれていた。
 育った環境のお陰か、九龍には同性という禁忌に関しての意識は薄かった。心から愛していると思える相手が居るという事実だけが意味を成す。
 伝える気などは毛頭無かった。相手の重荷になる上、同性からの過剰な好意に理解を示すのは極一部の限られた者達だけだ。

「噂が、本当だったら良かったのに」

 最近になって、流れ始めたひとつの噂。耳にした瞬間に真実では無いと解っていたが、もし本当だったとしても彼女相手なら恋情を殺し、祝福出来た筈だ。
 考えても埒があかないと、思考に見切りを付け新しいタオルを取り出す。不意に、血の匂いにそれとは別の甘い匂いが混ざった。

「様子を見に来てみりゃ、案の定かよ」
「み……な、かみ……!?」

 何時の間に入って来ていたのか、さっきまで脳内を支配していた相手が目の前に居る。何で此処に、と続ける前に皆守は九龍に近付きその手からタオルを奪った。

「で、お前は此処で何してたんだ?」

 視線がタオルから九龍の脇腹へ移動し、脱ぎ捨てられた衣服に移る。発せられた言葉には、剣呑とした響きが含まれていた。まさか目の前の当人の事を考えていたら、在り得ない失敗をしでかして負った怪我を治療していた、とは言えず九龍は誤魔化そうと間抜けと称される笑顔を浮かべた。途端、頭部に襲い掛かる痛烈な衝撃。

「〜〜〜ッ!」
「こっの阿呆が!」

 あからさまに怒気を含んだ声音で怒鳴られる。握り拳を作っているのは、恐らくそれで殴ったからだろう。
 脇腹に負った傷より、今の頭部の方が余程痛い。
 一度怒声を発した後、皆守は一切口を開かないまま九龍を強引に座らせ、奪ったタオルで残った血を拭き取っていた。傷が塞がってから大分と経ったのか、どちらかと言えばこそげ取る感覚に近い。
 沈黙のまま淡々と続けられる作業に、耐えれなくなったのは九龍だった。


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