真昼の月、真夜中の太陽…2
目に見えなくとも、其処に在り続けるモノ。仮令、その想いを伝えられなくとも。



 午後一番の授業が行われている時間帯。本来ならば勉学に勤しんでいる筈の者が二人、屋上の片隅で肩を並べ穏やかな陽の光を全身に浴びていた。
 一人は憮然とした態度を隠そうともせず、花の香りを燻らせ、もう一人は腹を抱え笑いの発作を遣り過ごそうと懸命に堪えている。

「好い加減笑うな、アホ」
「わ、悪い。しかし……お前、やっちーにそう思われてたんだな……」
「とんだ思い込みだな」

 小さな溜息を吐き、空いた肺一杯にラベンダーの香りを吸い込み安定を求める。その姿は、まるでストレス社会に疲れたサラリーマンの悲哀を九龍に連想させていた。
 未だ笑い続ける九龍の頭を軽く叩き付ける。痛いと喚く相手を尻目に、皆守は短くなったアロマスティックを新しい物に交換していた。

「で、本当のトコロは如何なんだよ」
「あ?」
「お前とやっちー。付き合ってるってのは噂だけだとしても、火の無い所に煙は立たないモンだしな。実は……とか無ぇの?」
「……ある訳無いだろうが」

 興味津々といった表情を浮かべ、九龍が皆守に問い掛ける。面白がっているだけであろう相手を横目で睨み、皆守は溜息混じりに答えを返した。先程の一幕に真実は存在していたが、それを教える気など毛頭無い。
自らの噂から話題を逸らそうと思案を巡らす。皆守がふと思い出した噂を口にしたのは、別段深い意図は無かった。
 言葉を耳にした途端に、九龍の表情に僅かな陰りが落ちる。

「七瀬ちゃんとは、別にそんなんじゃないって」
「満更でも無さそうだったけどな」

 常に誰彼構わず愛を囁く九龍の真意は量れないが、噂の相手である七瀬は傍から見ても不快に感じている、という風は無さそうだった。寧ろ、喜んでいたと言っても過言では無いだろう。
 その時の感情も思い出し、銜えていたアロマパイプを噛み締める。自分で話を振っておきながら、呆れた事態だと胸中で溜息を吐く。
 事実では無いといえ、隣に居るこの男が《誰かのモノ》である事が耐えれなかった。その傍らに、自分以外を置く事が認めれなかった。 
 そんな資格など、在る訳が無いのに。

「噂だけだよ」

 小さく紡がれた九龍の台詞に、意識を引き戻される。そういや、未だ話題は終わっていなかったのだった。
 普段と違う、陰りを残した表情と言葉に、再度唇が意図しない言葉を吐き出した。

「本命でも居るのか?」
「え?」

 欠片も想像していなかったのか、間抜けな表情を浮かべた九龍が皆守を凝視した。転校して来たばかりの頃に一度似た様な質問をしていたが、それ以来一度も話題に上げなかった相手からの色話に素で驚かされたのだ。
 黙したまま、九龍の答えを待ち続ける。沈黙に耐えかねたのか、逡巡しながらも口を開いた。

「……居、る」
「―――――」

予想していた答えに、息が詰まった。昏い衝動が、内側から身を焦がし始める。だが、それは決して語れない想い。
 さして関心の無い振りを装い、尚も話を続ける。

「お前が惚れるとは、余程奇妙なヤツなんだろうな。そもそも人間か?」
「ソコ確認する箇所か!?」
「で?どんな生き物なんだ?」
「え、未知の生物決定?ちゃんと人間だし!」

 先程までの陰りは鳴りを潜め、軽快に切り返してくる。
 刹那、その顔に見たことの無い柔らかな笑みが浮かんだ。

「例えるなら、真昼の月みたいなヒト、かな」

 皆守には解らない、誰かを形容する言葉。其処に込められた想いに、胸を抉られる。安寧をもたらす筈の甘やかな香りも、今は全く役には立っていなかった。

「……って、何言わせるんだよッ」
「お前が、勝手に聞いてない事までベラベラ喋り出したんだろうが」
「と、取り敢えずこの話は終わりにしよう。丁度良い時間だしな」

 これ以上口を開くと墓穴を掘るだけだと感付いたのか、九龍は勢い良く立ち上がると校内に戻る扉へ向かった。その背を追う事もせず、携帯を取り出し時計を確認する。ディスプレイに映された数字は、5限目終了の5分前を表示していた。
 ふと、見慣れた画面に違和感を覚える。画面下には、小さくメール着信を告げるアイコンが表示されていた。気付かぬ間に届いていたメールを、送信元だけ確認し開けないまま削除し携帯を仕舞い込んだ。この相手だと、用件はひとつしかない。

「お前は如何すんの?」
「……あの噂の只中に戻れと?」

 娯楽の少ない閉鎖された場所で、ゴシップネタが簡単に消える訳がない。しかも、今は八千穂の不用意な発言の所為で新たな噂が発生している可能性が高かった。
 態々、その渦中にのこのこと出向く趣味は無い。おまけに、送られて来たメールの所為で行く処が出来てしまった。
 心情を慮ったのか、説得は無駄と思ったのか。一人で階下に降りて行く九龍を座り込んだまま見送る。

「真昼の月、か」

 彼が喩えたモノを、ポツリと呟く。
 其処に在って、見えないもの。見えざるモノに、彼は何故心惹かれたのだろうと詮無き事を考える。
 考えを振り払う様に頭を振る。無駄な足掻きと解りつつも、再度花の香りを吸い込むと、メール送信者に会うべく屋上を後にした。



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