アオイハル
※葉佩と皆守



 談話室から、賑やかな話し声が廊下にまで響いていた。
 良く知らない声に混じり、聞き覚えのある声が皆守の耳に届く。

「ありがとな、葉佩」
「おう。返すのは何時でも良いから」
「次!次、オレ!!」

 どうやら、何かの貸し借りをしているらしい。
 九龍は毎日の様に、昼休みになると校舎中を走り回っていた。(主な理由は、備品を掻っ払う為。出席簿なんか一体何に使う気なんだ。)
 出入りする場所が増えるにつれ、必然的に知り合いは増えていく。今話しているのも、そうやって知り合った奴等だろう。
 談話室の扉を開くと、中に居た目が一斉に皆守を振り返った。刹那、九龍以外の各々が、視線を泳がせる。

「葉佩、オレ等は部屋に帰るから。皆守も、じゃあな」

 それだけ言うと、男共はそそくさと談話室を出て行った。

「何してたんだ?」
「別に?DVD貸しただけ」

 九龍の言葉を聞きながら、設置された自販機でコーラを買う。
 何故か、時折無性に炭酸が飲みたくなる事があった。プルタブを開け、一気に呷る。冷えた炭酸が乾いた咽に心地良い。
 皆守が飲み出すのを見計らってか、九龍が一旦切っていた言葉を続けた。

「AVだけど」
「ぶっ!」

 予想外の代物に咳き込む皆守を余所に、しかも無修正裏女子高生モノ、と余計な補足を付ける。
 炭酸が気管に入り、かなり苦しい。

「境のじーさんに貰ったんだけどさ。イマイチ俺の好みじゃないって言うか…。やっぱ巨乳より美乳だろ!皆守もそう思うよな?」

 九龍が真剣に語り出す。
 誰も、そんな事聞いていない。
 頼むから同意を求めるな。
 つーか、その手の貸し借りは自室でやれ。
 突っ込みたい事は多々あったが、呼吸すら儘成らない状態では、ツッコミに回すだけの余力は無かった。

「皆守?」

 漸く今の状況に気付いたのか、九龍は身を屈ませ皆守の顔を覗き込んだ。
 心配してくれているのかと思ったが、出てきた台詞はろくでも無かった。

「まさか、観た事ないとか言うんじゃ…。意外と純だったんだな」
「アホか!哽せてるのが分からないのか、お前は!」

 突っ込むついでに軽く蹴っておいた。
 本気じゃないだけ、ありがたく思え。
 中身の無くなった缶をゴミ箱に向かって投げる。軽快な音を立て、空き缶は見事にゴミ箱へと吸い込まれた。

「蹴る事は無いだろ」
「お前の正しい躾け方だ」
「暴力反対!俺は誉められて伸びる子なんだからな!」

 常に銃火器を携帯している奴が言うな。
 其れが、日本では立派な犯罪だと言う事を九龍が理解しているのか、皆守は時折不安を抱いていた。

(……寝るか)

 このまま此処に居ては、九龍のボケ倒しに何時迄付き合わされるか分からない。
 大切な睡眠時間を守る為、皆守は足を談話室の外へと向けた。

「みーなっかみー」
「変な調子で人を呼ぶな」
「んでは、意外と純な皆守甲太郎クン。もしかして、観たかった?」
「………」

 何でそうなる。
 九龍が転校してきた日から、毎日顔を合わせているが、皆守は未だ九龍の思考回路を理解していなかった。
 恐らく、一生掛かっても無理だろう。

「意外と純、じゃなくて意外とスケベだったんだな。……ん?意外でもないか」
「誰がだッ!」
「まぁまぁ、正直になりたまえ。んで皆守」

 さっさと部屋に帰ろうとする皆守の前に、満面の笑みを浮かべた九龍が立ちはだかる。
 可成の嫌な予感が、皆守の背を走った。
 談話室など来るんじゃなかったと、後悔ばかりが溢れる。
 落ち着く為にアロマを吸おうと思ったが、直ぐに戻るつもりだったので部屋に置いて来てしまっていた。

「その熱い(?)パッションを遺蹟探索に向けないか?」
「――断固断る」
「良ーモンやるから!」
「取手でも誘って来い。真里野辺りも来るんじゃないか?」
「いや、あの辺がAVで動くとは思えなくて」

 女子連中に言おうものなら、間違いなく明日の朝日は拝めない。

「良いもんが其れか!九龍…お前、俺を何だと思ってるんだ…?」

 あと、それは只単に要らない物を処分したいだけだろう。

「えーと。…親友?」

 考え込んだ上に、疑問形。
 本気で九龍との付き合い方を考えた方が良いな、と皆守は胸中で嘆息をしたのだった。








   終



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いつのだコレ。
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