ライン
※死ネタ注意




「……先生……」

 久藤の背中を、冷えた感覚が伝い落ちた。刹那、無意識に呼称が口をつく。
 交が何かを話しているが、久藤の耳には一切届いて居なかった。 だが、喪失の事実は正確に久藤を捉え始める。

「……ごめん。ちょっと風にあたってくる」

 襲い来る目眩を堪え、鞄を手に緩慢な動作で立ち上がる。
 久藤は交の返事も聞かぬまま、図書室を後にした。






 定まらぬ思考のまま、校内を彷徨い辿り着いたのは彼が間借りしていた宿直室だった。
 あの頃、書物に深い造詣を持つ彼を慕い幾度となく訪れた部屋。彼の蔵書や、物語に対する独自の洞察は世界中の本を読みたいという久藤の好奇心を刺激する良いカンフル剤となっていた。
 こうして此処に立っていると、まるであの頃に戻ったような錯覚に襲われる。
 学生の時と同様に、久藤は戸を開こうと手を掛けた。。
 その先には、此方に背を向け読書に夢中になっている姿。
 静かに近付き、その横顔を眺めていても一向に気付く事はなくて。読み終わった頃に漸く来訪者の存在を認識し、謝りながらも、声を掛けなかった事に絶望を唱え始める。
 そんな夢想は叶う事なく、室内にはただ冷えた空気が在るだけだった。
 暖をとる為の炬燵も、会話に花を咲かせた書物も。
 彼の存在を思わせる物は、何一つ残されていない。
 壁に凭れ掛かり、その場に崩れ落ちる。彼が居ない事に衝撃を受けた事が、最大の衝撃だった。
 手にしていた鞄が床に落ち、中身を散らしたが拾う気も起きない。茫然と眺めるだけの視点が、一枚の葉書に定まった。
 途端、様々な感情がマグマのように内側から溢れ返る。それを抑えるように、久藤は掌を強く目元に押し付けた。
 溢れさせてはいけない。
 気付いては、いけない。
 この想いに名を与えてしまえば、戻れなくなってしまう。

「    」

 壁に身を預けたまま、久藤は小さく彼の名を呼んだ。




   終



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削ったのに、長い。
本当は千里ちゃんも出る筈でした……。
以下、妄想元(笑)
・ライン(ポルノグラフィティ)
・桜モダン(alan)
・幻 (綺羅)
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