秘密のデート
※日常の一幕
図書委員の仕事は、存外忙しい。
蔵書の貸し出しは無論の事、入荷した新刊のカバー張りに、返却された本の整理。延滞本のチェックを行い、該当者が居れば通達を出す事もある。
他にも細々とした仕事はあるが、主たる物でも此の位は在った。
月一度のチェックを終え、予想外の数に久藤は小さく溜め息を吐いた。
この分では、各クラスに通達を出すだけで昼休みは確実に潰れてしまう。下手を打てば授業合間の休憩時間や放課後にまで及んでしまうだろう。だが、憂いた処で数に変動がある訳は無い。
久藤は通達書を手に、図書室を後にした。
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「後は……3年と……うちのクラスだけか」
荷物を抱えたまま、残った紙を器用に持ち替えざっと目を通す。
自らが属するクラスなら、どうせ戻るのだからと最後に回していたのは正解だった。へ組さえ除けば、大した数は無い。
問題があるとすれば唯一つ。
返却を迫った際『放課後に返そうかと思ってたけど……ついでだし』と其の場で渡された本が尋常で無い程多かった事だ。
此の儘では、クラスに戻る前に、一度図書室に本を返す必要がある。
取り敢えず3年だけでも昼休み中に済ませてしまおうと、久藤は階段の角を曲がった。その背に、聞き慣れた声が掛けられる。
「久藤くん?もう直ぐ昼休みは終わってしまいますよ」
「糸色先生」
振り返れば、脳裏に描いた姿と寸分違わぬ人物が其処に居た。通達書と同様に腕時計を覗き込むと、針は昼休み終了迄あと数分を示していた。3年の教室に向かうのも難しい時間帯だ。
数瞬悩んでいる間に、久藤が抱えた抱えた本の中から数冊、望が奪う。
「図書の仕事ですよね。手伝います」
「え、でも」
「どうせ次は私の授業です。遅刻は付けませんから、安心して下さい」
「先生が遅刻するのは不味いんじゃ……」
久藤の返答を待たず、予鈴が鳴り響く廊下を図書室に向かい歩き始める。
親切心というよりは、多分此れは教室に行きたくないだけなのだろう。
偶々、目に入ったから利用されているだけだろうが、久藤には其れでも充分だった。
想いを寄せる人と、徐々に人影が消える廊下を二人並んで歩くという細やかな幸せ。――否、二人きりでは無い。
「そう言えば、常月さんは?」
常に望の後を追うクラスメイトの存在を探したが、一向に見当たらない。
「常月さんなら、風邪だったので早退させました。何か用があったんですか?」
「ただ、気に成っただけです」
望の言葉に、思わず笑みが零れる。
何時の間にか本鈴も鳴り終えていたのか、廊下に人影は一つも無い。更に、彼女が居ないと言うことは、完全に二人きりだ。
滅多にない好機を逃すまいと、久藤は殊更ゆっくりと歩を進めたのだった。
終
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