YOU'RE MY SUNSINE
※キャラ崩壊注意




 不意に、目蓋に濡れた感触を感じた。
 睡魔との壮絶な戦いに勝利を収め、目を覚ました先には見知らぬ男が一人。
 否、知っているが、知り合いだと認めたくない。認めてしまえば、何かが終わってしまう気がする。それが何かは解らないけど。

「……夢、見てんのかな……」

 居るはずの無い存在に、現実ではないと結論付ける。
 夢ならば、シングルの布団に男二人が並んで寝転がっているという通常なら有り得ない光景があったとしても、不思議ではない。その代わり、自分の思考回路に疑問を抱く事になるのだが、その問題も気にしない事にした。
 次に目を覚ました時には、いつも通りの自室がある筈だと信じ目蓋を閉じる。だが、その願望は直接耳に届けられた声によって打ち砕かれたのだった。

「僕の事を夢に見てくれるのは嬉しいけど、好い加減に起きた方が良いよ?」
「い、犬養!?」

 耳に掛かる生暖かい吐息から逃げようと飛び起きる。急に起き上がった為に、一瞬の目眩を覚えた。
 兎に角、一刻でも早く犬養から遠ざかりたい。何で教えた覚えの無い我が家に居るのか、鍵はどうしたのか、気になる点は多々あったが、最大の疑問は何故布団の中に潜り込んでいるのか、という点だった。

「な、ななな……」
「ななな?」

 酸欠の金魚のように口を動かすだけで言葉にならない。犬養は続きを待っているのか、軽く首を傾げて此方をじっと見ていた。
 いい年した男が、小首を傾げるのは止めろ。美形だからあまり違和感はないけど……って、そんな所に思考を飛ばしている場合ではなかった。
 考えろ。考えるんだ、マクガイバー。
 だが、考えたところで犬養の思考など読み取れる訳が無い。そういや、コイツは普通じゃなかった。普通なら、幾ら用意したシナリオを妨害した相手と話がしたかったからって、何気に寄った公園まで突き止める事はないだろう。せいぜいが通っている学校とかじゃないか?あ、家はまた部下に調べさせたのか。
疑問の一つは解決したが、それでこの状況が改善される訳は無く。寧ろ、稼いだ距離を犬養が詰めた為に悪化していた。近い。近過ぎる。

「どうして逃げるんだい?」
「どうしてって……」

 目が覚めて、居なかった筈の他人が傍に居れば無条件に逃げるに決まってるだろうが。

「そ、それよりどうやって入ったんですか!」
「……愛の前に、鍵は必要ないと思わないかい?」

 明確には答えず、適当な言葉で答えを避ける。つまり、犯罪行為を働いたんだな。
 前科が付く事を恐れない人間というものは始末が悪い。というか、自ら進んで犯罪を働く自警団代表って如何なんだ。犯罪抑止の団体じゃないのか、それ。

「というのは冗談で。来た時、丁度潤也君が出掛けるところだったみたいでね。家の鍵と、『兄貴を宜しく』という言葉を預かったんだよ」
「あんっのアホ……っ!」

 彼女とデート中であろう弟に、怒りの矛先を向ける。
 最低でも、今月のメニューは潤也が嫌いな物ばかりに決定だ。好き嫌いを無くす為だと言えば、詩織ちゃんも協力してくれるに違いない。
 弟への仕返しを考えながら、目の前の問題に対峙する。
 逃げ場は、ない。腹話術で「女子高生大好き!」とか叫ばせて、その隙に逃げてやろうかとも考えたが、此処は自宅だ。
 防音されていない部屋で部屋でそんな事を言わせれば、後で御近所に変な目で見られるのは此方であるのは明白だった。
 いっそ窓から飛び降りるか、とと首を捻り背にした窓に視線を向ける。途端、起きる直前に目蓋に感じていたものを頬に感じた。
 視界の端には、銀色の糸に縁取られた秀麗な顔。
 まさか。気の所為だ。考え……たくない。
 犬養の位置に、一つの可能性が思い当たり掛けたが、答えが完全に形になる前に思考は強制終了を果たした。
 考察よりも、今はこの場から脱出する事が先決だ。ドアを犬養が背にしている状態では、退路は一つしかない。
 窓からの逃亡を行う算段を組み始めた時、ふと、気配が遠退くのを感じた。
 視線を向けると、其処には神妙な顔をした男が布団の上に正座していた。さんざ移動したりした所為か、シーツには可也の皺が寄っている。

「ごめんね」
「は?」
「君には迷惑だろうとは思ってたんだ。だけど……どうしても、君に会いたかったんだ」

 声を低め、小さく呟く。迷惑だと自覚していた事に素で驚いたが、それ以上に驚いたのは別にあった。
 いつもの自信に満ち溢れた姿からは想像も出来ない程弱々しい、捨てられた小犬のような目を此方に向けていた。
 別に悪い事をした訳ではない――というより、寧ろ何もしていない――のだが、何故か妙な罪悪感に襲われる。
 迷惑と思うなら帰れ、と告げる筈の口は、全く違う言葉を紡ぎ始めた。

「今から朝飯にするけど……良かったら食べますか?」
「……良いの?」
「潤也も居ないし、一人分より二人分のが作るの慣れてるんで」

 予想外の言葉だったのか、呆けた顔で見てくる犬養が面白い。
 今日くらいは良いかな、という考えが間違いだと気付いたのは、翌日にも同様に現れた犬養の姿を見た瞬間だった。



  終

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