呪縛めいたその存在
※安藤独白




 朝、定刻通りに目覚め、一通りの家事を終わらせてから学校に向かう。
 授業を受けた後は、冷蔵庫の残りを思い出しながら、夕飯の買い出しをする。
 たまに潤也や詩織と過ごしたり、島たちと遊ぶ日もあったが、それすら変化とは呼べない在り来たりな日常だった。
 ただ過ごすだけの、単調な毎日。だが、あの時から安藤は暇を見付けてはある場所へ向かうようになっていた。
 犬養と初めて言葉を交わした、閉鎖された展望台。
 都市開発の目玉として建てられた筈の建物は、誰に顧みられる事もなくひっそりと街並みを見下ろしていた。
 あれから片手では足りない程通っていたが、安藤は未だ此処では誰にも会った事がない。矢張り、隠れた自殺の名所だと言われている所為だけではなく、雰囲気的に近寄り難いのだろう。安藤自身も、犬養に誘われなければ足を向ける事など無かった筈だ。
 展望台の手前で、何気無しに振り返る。展望台とは対称的に、下にある公園では、恋人であろう若い男女が談笑しているのが見えた。
 同じ高校の制服を着ていることから、同年代くらいだと予測を付ける。
 何処か弟たちに似ているな、と考えながら、教えられた入口を抜け内部に歩を進めた。



 **********



 生きる気配の無い内部に、安藤は思わず息を飲み込んだ。
 棄てられた建物独自の、荒涼とした空間。静寂の中、自らの靴音だけが響く感覚は、何度訪れても慣れそうに無かった。
 割れた硝子や散らばる砂利を踏み締め、階段を登る。その間、頭を占めるのは、此処に来る理由。
 単に、景色が見たい訳ではない。それなら、もっと他に良いスポットがあるだろうし、態々時間を割いてまで見たいと思わない。
 次に過ったのは、犬養の言葉。
 彼は展望台から見える景色を指し、薄汚い街だと評していた。
 強行に、しかし半端な開発が推し進められる街は、確かに美しくはない。だが、安藤は犬養の言うように薄汚いとまでは感じていなかった。
 弟や友人たちが居るこの街に、愛着が無い訳ではない。だが、犬養のような確固たる何かを持っている訳でもない。
 彼の視界を理解したいのかと考えたが、違う気がしてならなかった。第一、到底理解出来るとは思えない。
 最初に感じたのは、興味だった。いつしか、それは憧れに変わり、真実を知り恐怖に辿り着く。
 そして、その先に訪れたのは。
 閉ざされた扉を開いた途端、穏やかな風が安藤を迎えた。同時に、暗雲のように立ち込めていた思考が払拭される。
 視線を巡らせ、辺りを確認するが相変わらず人気は無い。思わず、安藤の口から安堵とも落胆とも取れる溜息が洩れた。

「やっぱり……そうなのか?」

 誰ともなしに、小さく呟く。
辿り着いた思考は、全ての原点だった。
 彼の思惑、行動、その全てに畏れを抱きながらも近付く理由は、単なる興味が根底にあった。
 理解したい訳ではない。ただ、知りたいだけだ。
 無意識に、此処に来れば犬養が居るかもしれないと思っていたから展望台を訪れたに過ぎないのだろう。
 安藤は陽当たりの良い壁際に移動すると、壁に凭れるように腰を下ろした。
 思った以上に疲れが溜まっていたのか、途端に自然と目蓋が下がり始める。
 穏やかな陽射しと、緩やかな風が心地好さを安藤を包み込んでいたが、これが嵐の前の静けさだと頭の何処かで理解していた。








   終



- - - - - - - - - -

×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -