ちょっとした嫉妬
※久藤→望
癒し系と名高い、柔らかな女性ヴォーカルの音楽。
極度の重量にも耐えうる、頑丈なロープ。
安らかな眠りをもたらす、小さな薬。
沢山詰められた、数々の品物。
《旅立ちパック》と名付けた其れを、先生は肌身離さず持ち歩いていた。
「持ち歩くの、大変じゃないですか?」
何気に持ち上げた鞄の重さに、思わず息が詰まる。入っている物や鞄の材質を考えると当然の重量なのだが、此の細身な体で軽々と運んでいるものだから、もっと軽い物なのかと思っていた。
「慣れてますから。其れに、あると便利ですし」
何に、とは聞かない。此の中身の使い道なんて、たった一つだ。
《旅立ち》が単なる出奔なら良いのに。本当に旅立った時、追い掛けようとしても先生は多分許さないだろう。何せ、ボクは心中リストにも載っていない。
「帰りましょうか」
鞄を返してくれ、とボクに向かい手を伸ばす。其の手に鞄が触れた際、先生の顔には安堵したような僅かな笑みが浮かんだ。
「……って、え!?」
思わず、鞄を放り出し目の前の身体を抱き締める。咄嗟の出来事に、抱き付かれた先生は元より、加害者――行き成り男に抱き付かれるなんて、害以外の何物でもない――のボクも固まってしまった。
「く…久藤、くん?」
上擦った声で名前を呼ばれ、ハッとする。正面からの抱擁だった為、耳元で囁かれた事が更にボクの理性を奪った。
「何で余計に力が入ってるんですか…ッ!!」
「あ、すみません。思わず」
余程力が入っていたのか、痛い!とまで騒がれた。男子生徒に抱き付かれた事に絶望されない内に、何とか誤魔化しておいた方が良いかも知れない。
だが、如何やって誤魔化すかが問題だった。
腕を離し正面に向き合う。先生は素早くボクから離れ鞄を拾うと、戸口へと足を進めた。
潜る直前、ぴたりと足を止める。
「久藤くん」
「はい」
「……いえ、何でもありません。今度こそ、帰りましょう」
言葉を濁し、さっさと歩き出す。多分、行動の原理を聞き出したかったのだろうが、聞かない方が先生の身の為に違いない。
先刻気付いた、愚かな感情。まさか――何時も傍らに在るから、と無機物に妬いたとは言えない。
こんな自覚の仕方をするなんて、自分の心の狭さに呆れるよりも笑いが込み上げる。
只でさえ恋敵の多い相手。何れだけ我慢を効かせれるのかが、目下の問題だ。
課題を胸に先生の後を追う。
扉を潜る際、僅かに見えた首筋が朱に染まっていた事に気付いたのは、先生と別れた数刻後だった。
終
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