天国に結ぶ戀



「と、言う訳で。暇よね?ライドウ君」
「…何が『と言う訳』なんだい?タヱちゃん」

 前置き無く現れた知人に、開業時以来の定位置から呆れた声を掛ける。
 何時もながら、連絡してから来るという発想は無いのだろうか。其れを告げた所で『だって何時来ても暇じゃない』と返されるのは明白なのだが。

「探偵さんには聞いてないわよ。あ・と!葵鳥ですから!」
「…俺にも話が見えませんが」

 ソファに座るでもなく、何時の間にか定位置となった階段横からライドウがひそりと疑問を上げた。優秀な探偵見習いとはいえ、脈絡が無い上に主語の抜けた話では流石に意味を察しかねたらしい。
 当然の質問に、タヱは嗚呼、と声を上げると鞄から二枚の短冊を取り出した。

「知り合いに活動写真の券を貰ったのよ。ライドウ君ってそういうの観た事無さそうだし、たまには仕事を探偵さんに任せて羽を伸ばしたら如何かなーって」

 言いながら衣裳掛けに掛けていた外套をライドウに押し付ける。意見を聞いている様で、全く聞いていない。
 一方のライドウは外套を手にした儘、如何したものかと視線で鳴海に訴えていた。
 数少ないとはいえ、仕事は在るのだ。
 恐らく、休息日ですら無い日に活動写真を観に行くのはサボる事にならないのかと考えたのだろう。

「あぁ、構わないから行っておいで」
「しかし――」
「急ぎは無いんだし、タヱちゃんの言う通り休息は必要だからね。楽しんで来なよ」

 笑顔を浮かべながらひらひらと手を振ると、未だ何か言いたげだったライドウは口を閉ざした。
 最後に、たった一言を残して。

「ではお言葉に甘えさせて頂きますが――書類はちゃんと目を通しておいて下さい」

 学帽の下から鋭い目付きで念を押し、タヱに連れられ探偵社を出る。
 若しかしなくても、ライドウの言う『仕事』とは俺の監視だったのだろうかと鳴海は閉ざされた扉を見詰めた。




+++++




 数刻も過ぎた頃、静かに探偵社の扉が開かれた。同時に、帰還を告げる声。
 鳴海は建設中の金閣寺から視線を上げるとへらりと笑った。

「書類は」
「一応は見たよ?」
「一応、ですか…」
「あ、いや。ちゃんと見たから!」

 ライドウから溌せられる不穏な空気に慌てて訂正を入れる。
 仕事に対して融通の効かない少年は、時に上司に対してすら容赦が無いのだ。経験者である鳴海は、なるたけ――サボる時はとことんサボるが――逆鱗に触れないようにしようと思っていた。
 鳴海にしては『偉業』、ゴウトに言わせれば『意味の無い心構え』に他ならないのだが。

「まぁ、其れは置いて。初めての活動写真は如何だった?」

 話を逸らせようと、本日出掛けた目的に矛先を向ける。
 途端、ライドウに浮かんだものは複雑な、楽しんできたとは言い難い表情だった。観てきた話の物らしい、手にしたチラシに怪訝な視線を向けている。


「如何したのさ、ライドウちゃん」

 一体どんな物を観せられたのかと興味が湧く。悪魔を見慣れた身に、御粗末な怪奇ものでも観せられでもしたのか。
 鳴海はライドウからチラシを受け取るとざっと目を通した。

「あー、コレは…」

 此れならば、怪奇話の方が幾らかマシだったかも知れない。
 タヱが連れて行った活動写真は、恋愛――しかも、今流行りの心中ものだった。主演男優の台詞が良いとかで、巷の女性に人気が高いと耳に挟んだ事がある。
 色恋話に花を咲かす御婦人方には受けが良いだろうが、一般的な感情にすら疎いライドウが観ても全く面白くは無かっただろう。

「タヱちゃんも何考えて…って、男女隣席可になったんだっけ」

 艶話なら、如何でも良い男より麗しい美少年と観たいという訳か。中身は兎も角、外見だけならライドウは充分に連れ歩くには心地好い対象だ。

「ま、災難だったね」
「いえ、全く興味が無い訳では有りませんでしたし」
「……は?」

 返された言葉に思考能力を奪われる。
 一体何に、興味があるって?と疑問ばかりが駆け巡った。

「活動写真とは、あのように上映しているものなんですね。見世物小屋とまた違うのが面白かったです」
「…予想通りのオチを有難うね…」

 話自体はあまりよく解らなかったと呟く声が聞こえ、思わず肩に入ってしまっていた力が抜けた。
 途端、湧き上がるのは悪戯心。
 鳴海はライドウの手を取ると、其の甲に唇を寄せ囁いた。触れそうで触れない、ぎりぎりの距離。

「ライドウはさ、ああいう恋愛って如何思う?」

 現世で叶わぬ恋を成就せんと、総てを――命すら捨て去る姿を。
 投げられた質問に、ライドウは眉根を寄せた。

「…よく、解りません」

 掛かる吐息がくすぐったいのか、僅かに手が跳ねる。
 だが決して剥がされない手に、鳴海は口付けを贈った。

「――貴方を想う事が私の罪ならば、私は喜んで罰を受けましょう。だがもしも、罪深き私に許されるならば貴方を愛する永久(とこしえ)を」

 顔を上げ、真直ぐにライドウを見詰める。
 視線の先には、予想通り変化の無い静かな表情。

「所長、あの活動写真観た事あったんですね」
「いや、聞き齧っただけ…って、矢っ張り直ぐバレるか。しかしライドウもよく覚えてたね」

「今日観たばかりですし…タヱさんが気に入っていましたから」

 元ネタがバレてしまっては面白味が無い。厭いたとばかりに、あっさりとライドウの手を解放する。
 口付けすら意に介していないのか、ライドウは甲を拭う事無く、さっさと普段と同じ様に昼間置いて行った書類の処理に掛かり出していた。
 多少なりの狼狽を期待していなかったと言えば嘘になる。
 そんな思考を持つ自分が居る事に気付かない儘、鳴海は再び金閣寺の建設を始めたのだった。



   終



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