−凛−
只、美しい。其れだけの。



 一瞬にして変わった空気に、鳴海は思わず息を詰めた。異界化か、と隣で少年が小さく呟く。

「六理(りくり)」
「解ってる。――所長とゴウトは、此処に」

 少し後ろを歩いていた黒猫に促され、変異の中心へ向かう。未だ此方の気配に気付いていないのか、其処には人非ざる者達が虚空を見詰め彷徨っていた。
 先ずは先手を、と刀を振りかぶる。漸く殺気を感じた相手には、避ける術など持ち合わせていなかった。
 切り裂かれた者が、人と同じ、赤い血を吹き上げ地に伏せる。違うのは、瞬時に其の姿が消え失せる事。
 丸で罪の証のようだ、とは誰の言だっただろうか。


「…やけに冷静だな」
「何が?」
「異常事態――異界化に巻き込まれた癖に、厭に落ち着いてないか?」


 じっと戦いを見詰めた儘言葉を交わす。傍から見れば猫と会話する大の男も異常だろうなぁ、と思いながら鳴海は懐から煙草を取り出した。
 一息紫煙を吸い込み、言葉を紡ぐ。

「喋る猫に言われてもねぇ…。それに、別に初めてという訳でも無いし」

 まぁ久々ではあるけどさ、と嘯く。
 一瞬驚嘆したが、直ぐに冷静さを取り戻せたのは過去の業績だろう。

「只人とは思えん台詞だな」
「俺は平穏に暮らしたいだけの、只の一般人だよ。ライドウみたいに、戦う力は無い」
「なら、何故助力を引き受けた?」

 思い掛けず投げ掛けられた疑問に、苦笑を洩らす。
 いつか聞かれるだろうと予測はしていたが、こんなに直球で来るとは考えていなかった。
 何でも無い事のように、ヤタガラスには借りがあるのだと簡易に告げる。

「毒を食わらば皿までってね。ヤタガラスに関わった以上、オカルトとは縁遠くならなさそうだからさ」
「…六理は皿か」
「何となく古伊万里っぽくない?高くて綺麗なヤツ。――最初見た時は人形かと思ったけどね」

 人が戦ってる最中に暢気な話題を語る。しかし其の双眸は、変わらず戦局を捉えていた。
 ひらりと外套を翻し、眉一つ動かさず効率的に敵を倒す姿は無機質な印象を鳴海に与えている。

「更に人形とは、また随分な言われようだな」
「似てない?高価な皿にしろ人形にしろ、人の温もりなんて感じないだろ」

 話には聞いていたが、引き会わされたライドウは十四代目を受け継ぐ者として外界を隔て育てられた所為か、感情を持ち合わせて居ないかのように表情というものが無かった。伴い、口数も決して多くない。
 そして今。目の当たりにした戦いに其の印象は外れていなかったと確信した。
 無情に武器を振るう様は、造り上げられた戦闘人形の其れに他ならない。


「…余計に引き受けた意味が解らん。終わった様だし、行くぞ」

 この話は此れで終わりと、尻尾を揺らし戦闘を終えたライドウに駆け寄る。
 ゴウトにはああ言ったが、実際には鳴海自身でも何故引き受けたのかは明確に解らなかった。

 皿も人形も、人の中でこそ磨かれる。恐らくは、其の変化を只近くて見てみたかっただけなのだろう。
 空の器に何かが溜まる頃、彼は一体如何変わるのか。それとも、変わらないのか。
 本の少し先の未来を想いながら、鳴海は再び紫煙をくゆらすとゴウトの後に続いた。



   終


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