Sweet Heart
※ED後捏造



 世にも珍しい事に、ジェイド・カーティスは困惑していた。
 恋人を前に狼狽する姿は、かつて世界を共に旅した仲間達や幼馴染みでもある君主が見れば、さぞや滑稽なものだろうな、と脳の片隅で考えるが、それに事態を好転させる術がある筈が無く。
 寧ろ、愛しい相手に余計な知識を植え付けた心当たりへの苛立ちが募るだけだった。
 取り敢えずは現状を打破しようと、ジェイドはソファに押し倒された状態のまま口を開いた。

「どうも年を取ると耳が遠くなるようでしてね。ルーク、もう一度言って貰えますか」
「だから、イチャイチャしよう?」

 再び投げられた言葉に頭痛を覚える。僅かに小首を傾げ、幼さを残した表情で見下ろしてくる様は可愛らしいと評価されるものだろうが、今のジェイドには何の効果も発揮しなかった。
 別段、恋人としての扱いを怠っている訳では無い。
 仕事の合間を見付けては逢瀬を重ね、偶の休日には自宅に招く。食事を共にし、帰路に着く事もあればそのまま泊まる事もあった。居住している国が異なる所為で回数はそう多くはないが、互いの立場を考えれば、これは恋人の付き合い方としては上等な部類に入るとジェイドは思っている。
 無論、それなりの接触もあるが、彼はそれだけでは不満なのだろうか。だからと言って、押し倒されるのは甘受出来るものではない。
 ジェイドは一先ず身を起こすと、ルークをソファに座り直させた。その隣に、自身も居住まいを正す。

「……駄目なのか?」
「何を言いたいのかが、今いち理解し難いのですが。一体、何を以って『イチャイチャ』だと言うんです」

 疑問を口にしながら、ジェイドはついさっきまで二人で取っていた行動を思い出していた。
 休日の昼下がり。穏やかな陽気の中、陽当たりの良いリビングでソファに並んで腰を落とし手製のクリームパフェで小腹を満たす。
 食べ方が綺麗と言い難い子供の頬に付いたクリームを舌で舐め取ったりもしていた。
 冷静に考えると、この年の男がやるにはかなり痛々しい光景だが、一般論で言えば仲睦まじい様子に当て嵌まる。

「だって、俺ら砂浜を走った事ないじゃんか」
「…………は?」
「ひとつのグラスでストロー2本とか、雨の中を相合傘で出掛けるとか」

 真剣な顔をして、碌でもない内容を指折りながら連ねていく。
 それを聞きながら、今の世の中そんな恋人同士は稀であると教えた方が良いのか、幼い恋人の無邪気な願望を叶えてやれば良いのか一瞬迷ってしまった自分の思考が恐ろしい。
 万一、実行に移したのを誰かに目撃された場合、精神状態を危惧されるのは間違いない。

「恋人の常識、なんだよな?」

 陛下に教えて貰ったんだ、と自信満々な笑顔を浮かべ、ジェイドを見上げるルークの表情には一片の曇りもなかった。矢張り、この騙され易い性格は少々改善が必要らしい。
 先程から続く頭痛を誤魔化すように、眼鏡のブリッジを押し上げ位置を直す。つい漏れた溜め息が、ルークに苦笑いを浮かべさせた。 

「ある意味定番ではありますが、世の中の恋人全員がしている訳ではありません。それに、貴方はそんな私が見たいのですか?」
「ごめん絶対見たくない」

 一瞬の間すら無く、拒絶の言葉が返される。既にやる気は一切持ち合わせて居なかったが、此処まで拒否されると遣りたくなるというのが、ジェイドがジェイドたる所以だった。
 ソファに寝転がり、ルークの膝に頭を乗せる。突然の出来事にうろたえるルークを余所に、ジェイドは寝心地の良い体勢を探しもぞもぞと動いていた。

「じぇ、ジェイド!?」
「恋人の定番をしたいのでしょう?これも立派な定番ですよ」

 僅かな意図を含んだ極上の笑みをルークに送り、目蓋を閉じる。軽い意趣返しのつもりでの行動だったが、存外に心地良い体温は、ジェイドを本格的な眠りに誘ったのだった。





  終





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馬鹿っぷる。


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