Scent…3
※シンジャとモルジアナ




「シン!いい加減に……!」

 戯れを止めさせようと、再度抗議を口にしようとする。その際、鼻孔を擽った香りに、ふとジャーファルの意識は逸れてしまった。
 いくつかの香と、雨と。そしてシンドバッド自身の匂いが混じった独特な香り。
 不意に、昼間モルジアナが言った言葉が脳裏を掠めた。



『あなたには、匂いがありません』

 

 ファナリスの嗅覚を以てしても、特定することの出来ないジャーファルの体臭。それは、遠くなった過去の遺物だった。
 培われた習慣は抜けることはなく、未だ自身の痕跡を残さない遣り方を採ってしまう。
 いつも、瞬間的に残るのは、血と据えた埃の臭いだけ。

「ジャーファル?」

 突然黙り込んでしまったジャーファルを訝り、シンドバッドは怪訝を露わに従者の名前を呼んだ。
 同時に、背に廻していた腕の戒めを解く。手をジャーファルの頬に滑らせると、シンドバッドは丸で幼子をあやすかのような軽い接吻を、幾度となくその顔中に散らせた。

「……今は、何も考えるな」

 何も聞かず、ただそれだけを告げる。
 ジャーファルはそれに音で応えることはなく、代わりに身体を包む香りの中にその身を委ねた。






   ********************






 一昼夜、水の恵みをもたらした雨雲は、翌朝にはその姿など最初から無かったかのように失せ、太陽をシンドリアの空に戻していた。名残といえば、庭園に植わる葉に光る雫くらいで。
 昨日と同じく、王宮内を歩いていたモルジアナは進行方向から覚えのある匂いが向かってくるのを嗅ぎ取った。
 いくつかの香が混ざった、趣味が良いのか悪いのかは良く判別のつかない香り。
 彼の宮殿なのだから、歩いていて不思議ではないのだが、この時間帯に会うには珍しい相手だった。
 朝の挨拶をしようと、匂いの元へと歩を進める。だが、そこに居たのはモルジアナが予想していた人物ではなかった。

「モルジアナ、おはよう」
「おはようございます。ジャーファルさん……だけですか?」

 こそりと辺りを見廻すが、広い通路の中、居たのは想像していた人物の傍らに在る人のみ。
 訊ねてみようかと考えたが、モルジアナはそこまで追求することではないと思い直すとジャーファルと別れ、本来の目的地へ足を向けたのだった。









      終。


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