Scent…2
※シンジャとモルジアナ



 明け方から降り続けていた雨は、一日を終える頃になっても勢いを衰える事はなく、未だその恵みを大地に与え続けていた。
 いくら奔放な王とはいえ、この豪雨の中を抜け出し城下に向かうほど愚かではない。
 そう思っていた自分自身が愚かだったと、目の前の光景にジャーファルは頭を抱えたくなってしまった。

「……シン、今日は大人しく書類整理をしていると言っていませんでしたか……?」
「言った」
「なら!何故!!あなたは全身ずぶ濡れ状態で居るんですか!」

 切れそうになるこめかみを押さえ、乾布で落ちてくる水滴を拭い続ける主をじとりと見遣る。
 それを受けるシンドバッドは、一切を気にしていないのか、罪悪感など持ち合わせていないと断言出来るような笑みを返した。

「言った、が。正確には『する予定』だ。予定は未定であって、決定じゃないという事は知っているだろ?」
「どこの子供だアンタは!」

 開き直りにも程がある言い訳に、ジャーファルの怒りが勢いを増す。尚も文句を募ろうとした矢先、出鼻を挫いたのは湯殿の準備を終えた女官の報告だった。
 拭うだけで構わない、と言い張る王の背を押し、湯殿に放り込む。ナントカは風邪を引かない、という有名な言葉があるが、仮にも主である人物を放置しておく事はジャーファルには無理だった。
 それに、万一にでも風邪を引かれようものなら、今以上に業務が滞るのは火を見るより明らかだ。

「ちゃんと温まって下さいよ」
「お前は入らないのか?」

 これで役目は終えたと、湯殿を後にしようとしたジャーファルの背に声が投げられる。確かに、濡れたシンドバッドの世話をしている内に着ていた官服が湿ってしまっていた。
 現在も、湯殿の床に直接膝をついていた所為で裾部分が徐々に色を変えていっている。
 だが、シンドバッドの言葉ではないが、この程度なら着替えてしまえば良いくらいで。
 それに、臣下の身で主人と共に湯に浸かる事など出来る筈もない。
 そう告げて辞そうとしたジャーファルの腕が、思いがけない方向に引っ張られた。
 倒れる、と思った刹那、感じたのは己より幾分か逞しい腕の温もりだった。抱き込められた状態で、湯船の縁ギリギリの場所に引き寄せられる。

「シン!」
「どうしても無理なら強いる気はないが、どうしても無理か?」
「……背中を流すくらいなら」

 強いる気はないと言いつつも一向に緩める気配のない腕に、わざと大げさな溜息を吐く。
 妥協案を挙げてみたが、これで諦める主人だとは端から思っていない。案の定、シンドバッドは不満を露わに表情を歪めた。
 が、それも一瞬のこと。シンドバッドは彼にとっての妙案───ジャーファルにとっての嫌な予感── を喜々として言い放った。

「臣下として駄目だと言うのなら、恋人として入るっていうのは」
「余計に嫌です絶対に嫌です今すぐこの腕を離して下さい」

 王の言葉を遮り、一息に述べる。不敬だろうが何だろうが、今そこに迫っている身の危険から逃げる為に手段は選んでいられない。
 身を捻り、どうにかシンドバッドの腕から離れようともがくが、込められた力は、一向に弛まる気配がない。
 ジャーファルの意図とは逆に、その微々たる抵抗を押さえる気なのか、シンドバッドは抱き締める腕に更なる力を加えた。


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