ここの食堂で住み込みを初めて早数年。修行を終え、今日わたしはデビューする。雑用から始まり、ついにわたしは一人前になれたのだ!そんなわたしのデビュー作は、あそこにいるテンガロンハットを被っている青年に渡ったのだ!のだのだ!そして青年の一口を見届けるため、厨房から覗くわたし。怪しすぎる。
口に含み咀嚼、そして嚥下する。果たして美味しいと感じてくれるだろうか。ドキドキして見ていると、ガチャン!と食器の音がし、青年は料理に顔を突っ込み、それから微動だにしなくなった。
え?死んだ?
「えー!?」
「おいなまえ!おまえの料理死ぬほど不味いのか!?いや昨日俺食ったけど。美味かったけど」
「お、おやっさん!どうしようわたし…!」
まさかわたしの料理で死人が出るとは。味見したわたしも死ぬのだろうか。修行が足りなかったのか。まだまだ一人前にはなれていなかったのだろうか…て違うだろ!明らかに違うだろ!
「ちょ、大丈夫ですか!?生きてます!?」
「ぶはっ……寝てた」
「え!?寝てた!?」
「……」
「い、いーやー!」
わたしのダブリエで顔を拭かれた。青年はそのまま何事もなかったかのように食事を続ける。ポカーンとしてるわたしやおやっさんを不思議そうな顔で見る。目が合う。
「ん?どうしたんだ」
なにこの人。
青年はエースと名乗り、話しを聞くと、白ひげ海賊団の二番隊の隊長で仲間殺しの黒ひげという男を探しているらしい。海賊に縁がないわたしには聞いてもちんぷんかんぷんである。途中話しながら寝るので困った。
「そういえばあんたの名前は?」
「わたしはなまえ。ここでコ…コックをしてる」
「へえ。じゃあこれあんたが?」
「いや、それはおやっさんが。わたし一人前になったばかりだから、お店に出すのは今日が初めてなの。ちなみにわたしのはあなたが最初に食べてたやつなんだけど…」
だんだんと声が小さくなっていくのがわかる。なんか改めて言うと照れる。彼は「ああ、あれか」と思い出すと満面の笑顔で
「美味かったぜ!おれ好みで」
と話すものだから、嬉しいやら恥ずかしいやらで顔が熱くなる。絶対に赤くなっている。わたしはありがとう、と小さく呟くことしか出来ず、そそくさと厨房に戻った。あの笑顔反則だろ!
ごちそうさまでした、と礼儀よく挨拶し席を立つと、会計をせず店を出た。えー!
「く、食い逃げー!!」
「次来たときまた作ってくれなー!」
最初から最後までお騒がせである。次に来てくれる日まで、わたしは今よりもっと上達して立派なコックになれているだろうか。また彼に食べて欲しいと望んでいる自分がいる。
追いかける