催花雨


 青臭い、少し湿った匂い。チクチクとくすぐったいの中間が頬をせっついている。微睡みから覚める前特有の意識の気怠さ。無理やり身体を起こそうとして変な呻き声が出た。節々が痛い。特に首。寝違えたのかしら。ずいぶんと変な体勢で時間を過ごしてしまったのは確かだった。立つのは一旦のことと置いといて、上体だけ軽く伸びる、揉みほぐす。そこでふと考えた。ここはどこだったっけ。鈍く痛む首を無視して辺りをぐるりと見回した。爽快な青い空、ゆっくり流れる白い雲、凪いだ明るい緑の草原。悩むまでもなく全くもって覚えがなくて、すきっ腹の底から渇いた笑い声が出た。追って、涙が。目尻を拭った。ぼぉーとしたい自分に喝を入れて、よっこらしょと立ち上がった。痛みが一斉に襲い掛かってきて、一点を抜けた。情けないガラガラ声を出し切って、ひと息。慣らすように四肢を揺らし動かしてみた。もう大丈夫そうだ、ひとまず首以外は。身形はどうなっているか、今一度確認する。鏡とか映すものない中で目視できる範囲、それ以外は触感で。おかしなところはないかな。ただ、なんだろう、この違和感は。覚えがないのに違和感はちゃんと覚えるのか。ほんとに記憶が空っぽだった。広大な原っぱにぽつんとひとり。呆然とするべきかもしれない、絶望しろ、なんて一瞬よぎった。けれど、私は底抜けのアホなのかワクワクする気持ちがふつふつと湧いてきた。これは幸いなのか、私は楽観主義か。
「さて、どうしましょうか」
 好奇心からの興奮で声が少し上ずっているのだろう、ちょっぴり甲高い。頬にも熱がともる。なんだか一気に元気を取り戻せそうな気がした。
ずいぶんと身軽な恰好をしてるのだけど、外套に護身用の剣、ちゃんとした旅の荷物も手の届く幅にあるのだから――うん、わたしは冒険者だったか。
「ほんとにどうしましょう」
 しかし、困った。冒険の目的がわからない上にこの世界どういう立ち位置なんだろう。この持ち物の中になにかしらのてかがりが残されているといいのだけれど。首を傾げようとしたら、まだ痛かった。擦っているとふと閃いたことがある。
「荷物の中になにかないかしら。こんなにしっかりした旅人っぽいんだものあー地図くらいあんでしょう。あと出来ればいろいろ書き記した感じのもの」
 やっぱり、なんという楽天家。思い立ったが吉日、吉が秒だ。荷物の元に寄ってしゃがみ、荷物の中を漁りだす。ないまぜにごちゃごちゃになっただけで埒が明かない。中から大きな黄色い一枚布を取り出して、中身を並べてみることにした。えっと……短刀? ナイフか、微妙に細部が違うのが三振り。白い手巾が五枚……てのひら大の茶色い瓶を包んでいた。開けて中身を確かめようと顔を近づけてみたらツーンとした刺激臭が鼻についた。えーと、酒か。それもかなり強い類の。ひょっとしたら、これらは手当するためのものなのかもしれない。わたしはお酒を飲まない。これはそんな勘がするだけだが、現に匂いだけで頭がクラクラしてきた。しっかり蓋をしめて、次に移る。本だ、かなり厚い、その上装丁のやたら凝った。奇怪な紋章が描かれてるもんだ。それが二冊もある。よし、これはてがかりに十分だろう。素晴らしい情報源だ、そう思った矢先、あらたな問題に突き当たる。鍵がかかっていた。大きな南京錠。急いで鍵を探ってみたけれど、ない。ひっくり返して並べて戻して、ひっくり返して……体の隅々まで触って叩いて。納得するまで。金属で出来ている錠前にはそれに合う鍵が必要だ。こればかりは――。
「どうしようもないわね」
 鍛冶や盗賊のような鍵開けの高等技術は持ち合わせていない、と思う。よく見たら手に小さな傷痕あって、これはどうみても手先の器用な人の手ではない。
「力任せに開けようたってこんな本が相手だと気が引けて、やる気も失せるわね」
 小首を傾げようとしたら痛くて、手を首に添えた。

 

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