- ナノ -

06

「うわっ、最悪や」

1年生の宿泊研修に2年生の進路指導、3年生の三者面談によって短縮授業期間中の6月某日。

体育館の点検日とも重なって、いつもつるんどる連中も午前の授業がはけたらメシも食わずに早々に帰っていった。

まだ14時前だというのに人のいない下足室を出た俺は外を睨みつける。

夜から雨、という天気予報を信じて傘も持たずに家を出たんが失敗やった。

進路指導室を出た時、空はどんよりしていて雨はまだ降っていなかった。

しかし、下足室に着く頃にはポツポツと降り始め、靴を履き替える頃にはバケツをひっくり返したみたいに降っていた。

うんざりしながら空を見上げる。

「あほみたいに降っとんな」

苛つく気持ちを発散すべく金色に染めた髪をわしわしと掻きむしった。

そんなんしたって雨が止むわけちゃうし、治と銀は授業が終わってソッコー帰っとったし、角名はこれから進路指導やからまだ時間かかるやろし、そもそもあいつも傘持っとんのかわからんし……

「あー!!帰ってロメロ見よ思とったのに!!!」

空に向かって吠えると、ちょうど下足室から出てきた女の子が俺の声にびっくりしたのか、びくっと震えたのが目の端に映った。

誰もおらんと思って大声出したんがちょっと気まずなってその子にソロリと視線を送ると、見たことある人やった。

「……っくりした、なんや、双子の金髪の方やん」
「……角名の女やん」
「嫌な呼び方やめーや」
「そっちもな」

角名の彼女で大耳さんの幼馴染のこの女、確か苗字とか名前とか呼ばれとったな。

「で、金髪は傘忘れたん?」

と言いながら開こうとしていた傘を閉じて空を見上げる。
俺らを双子、と言う奴は多いけど金髪の方なんて呼ばれ方は正直気ィ悪い。

「宮侑、名前くらい覚えとってもらえます?」

そう言い放つと俺の顔を興味なさげに見上げて
ふぅん、と言う。
何なん?この女、ほんまムカつく。

「侑も進路指導で残っとったんや」

いきなり呼び捨てかっ、……まぁ金髪よりええわ。

「そっちこそ、3年は面談ちゃうんスか」

保護者っぽい大人が周りにいないのでおかしいなと思いつつ、かといって他に話すこともないので聞いてみた。

「面談は昨日おわってて、今日は個別に進路相談にのってもらっとってん」
「そっすか」

聞いといてなんやけど興味ないわ、あんたのそんな話。

ふたりで土砂降りの雨を黙って見つめているが、いつまでもその場を離れない隣の女に俺の方が先にしびれを切らしてしまう。

「角名待ってるんスか?」
「いや、先に帰ろ思てたんやけどこんなに雨降ってたら帰る気も失せるやん?」
「ま、確かに」

地面を打ち付けて跳ねる雨は、傘を指していても足元をグズグズに濡らすことは容易に想像できる。

「さっきも聞いたけど侑は傘無いん?」
「あー、ないッスね」

ちょっとやけくそになってそう答える。

「誰か……置き傘してる子とか一緒に帰ってくれる子とかいてへんの?」

なんやその言い回しやと俺が親しい人おらん奴みたいやん。

「なかなか人通らんから頼むもんも頼まれへん状態ッスわ」
「そっか。じゃあ雨が落ち着くまでここおるん?」
「……まぁ、そのつもりですけど」
「先輩が飲み物でも奢ったるわ」



購買の横にある自販機でスポドリを奢ってもらった。
苗字サンは紅茶かなんか知らんけど温い飲み物買うとったみたいや。

また下足室まで移動してきて、廊下とすのこの境目の段差に並んで座った。

「意外と人通らんもんやな」

周りをキョロキョロとうかがいながら苗字サンは呟く。

雨はまだ止む気配はない。

スポドリで喉を潤していると、苗字サンが徐ろに話し始めた。

「侑は進路決めてるん?」
「俺?そらプロ目指して毎日切磋琢磨してますんで」
「……やっぱりバレー部の子らは皆そうなん?」
「や、それは知らんけど。まぁ、俺と治はプロ行きますよ」

サイン貰うんやったら今ッスよ
なんてふざけて言うと、苗字サンが真顔でこっち見てくるからスベったみたいになってもうた。
ほんま勘弁してくれ。

気まずさをごまかすように

「苗字サンは……」

と言いかけて、そういえばさっき進路相談で残ってたっていう事を思い出す。

その先の言葉が続かなくて黙っとったら、苗字サンは続きを催促するように俺を見てきた。

「……なんか、悩みでもあるんスか?進路の事で。それやったら俺やなくて北さんとかにした方がええんとちゃいます?」
「北くんの正論パンチ怖いから無理や」

同級生にもビビられとるで、北さん。
やや食い気味に答える苗字サンに思わず共感する。

「……つーか、進路の悩みを俺に話してどうするんスか」
「……ほんまやな、……でも」

そう言って苗字サンは校舎の方から歩いてくる人影を見つけて立ち上がった。

見上げると、彼女はこちらを向いて、

「迷いなく好きな事を仕事にしようとしてる人と話ししたかったんかもな、私」

そう言って、ふわりと笑った。

なんやねん、笑ろたらわりかしかわええやん。

校舎から歩いてきたヤツが苗字サンの側まで来た。

「あれ、名前さん先に帰るって言ってなかった?やっぱり俺と帰りたくなっちゃったの?」

そう言って、彼女の腰にするりと腕を回す。

「雨がエグい降り方してたからマシになるの待ってただけで別に倫太郎待ってた訳ちゃうし、なぁ、侑くん」

こんな時だけ侑くんて、ほんま何なん?この女。
角名がジト目で睨みおろしてくる。
いや、別にやましい事してへんし、そもそも興味ないし、……まぁさっき一瞬かわええやんとは思ったけど俺の好みちゃうし。

はぁ、とため息をついて俺は立ち上がる。

「角名ぁ、その傘貸してくれ」

しゃーないな、傘借りる礼におまえらの相合い傘に協力したるわ。



苗字サンの持ってた傘を角名がさしてふたりで俺の前を歩く。
角名の持ってた傘は大きめのビニール傘で、それを借りた俺は濡れることなく家へ帰れそうや。

「なぁ、普通に考えて倫太郎の傘を私らが使ったほうがええんとちゃうん?私の傘小さいから濡れるやん」
「俺そんな女物の傘借りたないわ」
「人から借りといてそのいい草!」
「いいじゃん、名前さん。もっと俺とくっついてたら濡れないよ」

角名がイキイキとしながら苗字サンの肩を抱くと、その手をべちんと叩いて

「調子にのったらあかん」

と苗字サンは言う。

「つれないな」

と言う角名の声は弾んどるから、これもこのふたりのコミュニケーションのひとつなんやろ。