- ナノ -

04

「は?書道パフォーマンス甲子園?」

昼休み、例のごとく練のクラスで北くんの机を囲むように寛いでいると書道部の後輩2人がそんな話を持ちかけてきた。

「名前先輩が在学してる間に参加してみたいんです!」

後輩たちが持ってきた大会の募集要項に目を通すと、予選の締切まであと2週間もない。

「いやいや、これ無理やろ」

そう言ってその資料を机の上にぱさりと置くと、横から練の長い腕が伸びてきてそれを拾い上げた。

「こんな大会もあるんやなぁ」

と言いながら北くんも練と一緒になって募集要項を読み始める。
私は、はぁーと長いため息をついた。

ここ何年かでメディアでも取り上げられる事の増えたこの大会は、つい先日新歓の時に披露したパフォーマンスとは違いダンスや演出、場合によっては衣装や小道具なんかも必要になってくる。

素人集団の私達が、こんな短期間で演技の動画と作品を提出だなんて時間が巻き戻らない限り出来っこない。

私が無理だとごねる事を予想していたのか、副部長の芦川が

「実は2年だけで密かに用意してたんです」

そう言いながら手書きのコンテらしき資料や完成後の作品イメージみたいなものを出してきて机の上に並べた。

そういえば……昨年末くらいから後輩だけで集まって何やら話をしていたなと思い当たる。てっきり次期部長と副部長を決める相談でもしていたのかと思っていたのだが。

「私達、名前先輩の書道パフォーマンスに惚れ込んで入部したようなもんですからこれまでもこんなことやりたいねって部員みんなで話して、朝も集まって練習してたんです!」

現部長の辻尾が私の手をぎゅっと握りながら熱く語る。

「せやったらもっとはよ言いや、ぎりぎりが過ぎるやろ」

ぺいっとその手を振り払う。

「とりあえずやったったらええやん。後輩がここまで準備してきてくれとるんやから」

練が机の上の完成イメージを見ながら私を諭そうとするので、後輩2人は練からの援護射撃に「大耳先輩っ」と泣きついた。

「勝手な事言わんといてや。第一、練習場所とか道具とかどうするねん」

私は練を牽制しつつ、後輩に現実的な問題を突きつける。
すると芦川が「それは抜かりありません」と言いながら、また紙切れを机の上に置く。

「予選応募までのスケジュールです。練習場所は基本屋上で、これは顧問経由で許可貰ってます。昼休みも使用できます。道具については、書道部の備品で対応可能で消耗品はすでに用意してます」

しぶしぶ机の上のスケジュール表を見つめる。
今日の放課後からの予定と練習場所や内容がきっちりと線の引かれた枠内に書かれており、雨天時の予定まで抜かりがない。芦川め、やりおる。

ぐぬぬ、と唸りながらなんとかこの話の流れを変えたい思いでスケジュールとにらめっこしていると、

「わ、なんか今日人多くね?」

そう言いながら倫太郎が教室の扉をくぐってやって来た。

「角名くん!良いところに来た!名前先輩説得するの手伝って!!」

辻尾が忙しなく手招きして倫太郎を呼び、ちょっと耳貸して!と言って倫太郎を屈ませてボソボソと事の経緯を伝えている。

……おい、ちょっと近すぎへん?

二人の距離感に若干の苛つきを感じていると、それを覚ったのか倫太郎がちょっと嬉しそうな表情を私に向けるので余計にむかつく。

私はそれが悔しくて、また机の上の紙を睨みつける。
すると倫太郎は私の横へ移動してきて、

「名前さんのパフォーマンス見れるんだったら俺協力するよ?昼休みに練習するなら動画撮るし」

なんて言いながら私の真横にしゃがんですり寄ってくる。

あー、もー!だから嫌やねん!!

真剣に書道に向き合ってるところを誰かに、特に倫太郎に見られんの、私のキャラちゃうから恥ずかしいねん!

そんな思いを口には出さずにどこかに穴はないのかとスケジュールを目で追っていると、この週末の土曜日に体育館で提出用動画を録りながら作品を書く事になっていた。

「……ここ、体育館でってなってるけど許可取ったん?」

指でスケジュールの最後に書かれていた【本番】という文字を指差して芦川に尋ねると、少しだけ痛いところをつかれたというような顔をする。

「それは……名前先輩説得してからと考えてたのでまだです」

よし、突っつくのはここや!とばかりに

「さすがに本番の場所確保してへんのは不味いやろ。な、やっぱやめとこ?今年いっぱい時間かけて作り上げてったらええやん?せやったら私も手伝うし」

と、私は反撃したのだが、それまで黙ってコンテに目を通していた北くんが突然口を開いた。

「話の筋としては間違ってへんと思うで」

私は北くんに「は、どういうこと?」と問いただす。

すると北くんは

「体育館は他の部……まぁ俺らバレー部にやけど、使用許可もらいに行かなあかんやろ?そこでたとえ許可貰っても苗字がやらへん言うたら、やっぱりできませんでしたて謝りに行かなあかんやん。二度手間やし俺らにも迷惑かかるからな」

と言い、コンテを私に差し出す。

「苗字やったらこれくらいできるやろ?」

さっきは一番上のページをササッと見ただけなので、数枚に渡って描かれた内容に今度はじっくりと目を通す。

私がこの演目でやらなければいけない事は、最後にこの作品の肝となる文字を真ん中に書き上げる事だけだった。

「12時から13時までの間、体育館舞台側3分の1でよかったら使こてもええよ。但し、準備と撤退もその一時間のうちに納めてくれ。あとギャラリーもおるやろうけどな」

北くんはちらりと倫太郎を見てから芦川に告げる。

「ありがとうございます!!」

そう言って後輩二人が北くんに頭を下げた。

「私まだやるって言うてない!!」

北くんに向かって猛抗議したら、

「"まだ"と言うことは、もうやる気になってんねんやろ?名前」

と練が言う。
さすが、幼馴染。
正直、最後の文字を書きたくなっている私がいる。ぐうの音も出ない。

「腹くくれ、苗字。後輩の期待に答えたれ」

北くんの言葉に私はまたため息をついた。

「……ここまで外堀埋められたらしゃあないな。わかった、やる」

私の一言に後輩2人はワッと歓声をあげた。



あと10分程で5限目が始まるので倫太郎と一緒に7組の教室を出る。
横を歩く倫太郎は表情こそ変わらないが、ウキウキとしているのを肌で感じる。

「なんや、機嫌のよろしいことで」

わざと嫌味っぽく聞こえるように言うと、

「だって、やっと見れるからさ。名前さんが真剣に部活してるところ」

そう言って倫太郎は私の手の甲を自分の手の甲でするりと撫でて、小指だけ繋ぐ。

「……当分、2人だけで会える時間作られへんで?」

私がそう言うと、倫太郎はフッと笑って

「いいよ、昼休みの練習付き合うし。それに動画撮るって名目のもと名前さんガン見出来るし」

私はすこし呆れてしまい、

「あんたホンマに私のこと好きやな」

と言うと

「当たり前だろ、彼女なんだから四六時中一緒にいて見てたいに決まってんじゃん」

倫太郎はそう言って私の手をぎゅっと握る。

「嘘付け。一日の8割はバレーの事考えてるくせに」

私がそう言いながら自分の教室の前で足を止めると倫太郎も立ち止まる。
繋いだ手を離さずにいると倫太郎が私の耳元に唇を寄せてそっとささやく。

「あんまり一緒に居れなくてごめんね、名前さん。今度埋め合わせとして一晩中一緒に過ごそうか」
「あほ、調子にのったらあかん」

私はするりと繋がれた手を離すと、

「つれないな」

と倫太郎が言う。

なんか、私が一緒にいて欲しいみたいな流れになっているのが気に食わないが、そのやり取りに心地よさを感じているのも事実。

私達は当分こんな感じでええわ。

そう感じながら教室へ戻った。