「でさ、そんときの侑の顔がすげぇ面白くてさ、とりあえず写真撮っといたからあとで見せるね」
「う、うん」
最近、妙な違和感を感じる。
こうして名前と話してる時に。
「…………ねぇ、名前」
「なに?」
「なんか俺に言いたい事あるんじゃない?」
「言いたいこと?」
「言いにくい話なワケ?」
「何言うてんの、そんなんないよ?」
身振り手振りで否定する名前。しかしその態度は逆に俺の中の不信感を増殖させるだけだった。
「なんかまた企んでる?」
「企んでないよ!?」
「えー、でも前科あるじゃん。去年も今年も俺の誕生日は」
「そ、それは不可抗力で……」
昨年に引き続き、俺の誕生日は名前の家で祝ってもらった。別に呼んでほしくもない双子も添えて。名前は隠し事苦手っぽいから何かあると顔や態度に出てしまうようで、最近ではすぐに俺に気付かれている。
いつものように屋上手前の階段の踊り場でふたりきりの昼食。周りの目は気にしなくていいから良い機会なので名前を遠慮なく追い詰めることにした。
「今年のサプライズは不発だったけどね」
「私はやめようって言うてんで?」
「そんなこと言ってても実行しようとしたんだから同罪だよ」
「わかった、もうしません!」
「どうだか……」
「っーー!!」
壁にぺたりとくっつく名前を逃さないように両手で檻を作って彼女を閉じ込めた。ためらいなく名前の頬に俺は顔を寄せるときゅっと瞑った彼女のまつ毛がふるふると震えている。
滑らかな頬の輪郭をなぞるようにふっと息を吹きかけると足をバタつかせて悶絶している。
かわいい。
「り、りんたろっ!ここ学校やから……」
「誰も来ねぇって」
「ちょっ………と、もうやめ!」
「ぐふっ!」
名前の肘が俺のみぞおちにクリーンヒットした。思ったより痛みが強くて俺はそのまま床にパタリと倒れ込む。
「わぁー!!倫太郎!ごめん!大丈夫!?」
慌てて俺を覗き込む名前。
ごめん、あんま揺さぶんないで。
なかなか声が出せないので代わりに名前にアイコンタクトを送ったが伝わったかどうかは不明だ。
「ごめんな?ここやんな?痛い?」
小さな手を俺の上にそっと置いてスリスリとさする。実際には腹の上に置いていた俺の右手をさすってるんだけど焦って気付いてないらしい。
テンパって泣きそうになってる顔もかわいいなってこんな時でも考えちゃう。
「だいじょうぶ……」
「ごめんな?あとほんまに何も企んでへんし……ただちょっと」
「ん……?やっぱなんかあんの?」
ゆっくりと体を起こして壁にもたれかかった。名前はこちらを気遣いながら俺の横に寄り添うように座った。
「……あのな」
名前はようやく口を開いたが、まだ歯切れは悪い。
「倫太郎……自分で気が付かへん?」
「だから、何が?」
「ほら!今とか」
「今?」
「バレー部の人とかにも言われへん?」
「何も?いつもと変わんないと思うけど……」
なんだろ、俺なんか変なのかな
全く自覚はないけど名前が戸惑うようなことになってんのかな?
「……もったいぶってないで教えてよ」
「イントネーションが」
「は?」
「倫太郎の話し方がな、こっちのイントネーションと混ざってなんか……不思議な事になってる」
「ふ、ふしぎ?」
「うん」
気が付かなかった。
確かに日常生活はこっちの親戚に世話になってるし、学校行ったら関西弁しか聞こえてこねぇし、部活は関西コッテコテの言葉に溢れてるし。かわいい彼女も口を開けば関西弁。
子供の頃から親や学校の先生とかにマイペースだと言われ続け、たった3年だし染まることはないだろとか自分でも思ってたんだけどな。
まぁこんだけこっちの環境と人間関係にどっぷり浸かってたらそりゃうつるか。
てか聞き捨てならない事を小耳に挟んだ。
「……さっき不思議って言った?」
「……うん。抑揚が予測不可能で戸惑う」
「うわぁ……」
自覚なかったとはいえ俺ずいぶんキャラ濃いことになってんじゃん。
バレー部のヤツら……あいつらぜってー俺のこと泳がせて陰で楽しんでるよ。
……それよりも
「どうしてすぐに教えてくれなかったんだよ」
「え、私が?」
「そうだよ。俺が笑い者になってんの放ったらかしにしてたじゃん」
「や!ちゃうちゃう!笑ってないし!」
「でもおかしいとは思ってたんでしょ?」
「おかしいっていうか……」
「お仕置きだな」
「まって!ごめんて!」
「だーめ」
さっきと同じように名前を捕まえて、今度は肘テツくらわないように両腕をしっかり確保して、まずは髪にキスひとつ。
彼女のおでこ、頬、耳たぶにそれぞれリップ音を鳴らしてキスを降らせる。
その度にびくっと震える名前がかわいくて我慢できずに唇にもキス。
ただしこちらは甘ったるくて長ーいの。
俺から解放される頃には名前はとろんと瞳を潤ませてなんでも答えてくれそうなくらい隙だらけになった。
「倫太郎が」
「ん?」
俺に体を預けたまま名前が呟く。
「倫太郎がちょっと関西弁になってるの」
「うん」
「なんか……ちょっとうれしかってん」
「……そうなの?」
「うん」
名前が俺の手のひらに自分の手のひらを沿わせて指を絡ませるように握る。
それに応えるように俺もゆるく握り返した。
「それだけ気ぃ許してくれてるんかなーって」
「名前には許しまくりだよ?」
「ホンマに?」
「ほんまホンマ」
「……今のはちょっとわざとらしい」
「えー、難しいな」
ぐーぱーぐーぱー、タイミングを合わせるようにふたりで手遊びを続けながらまた俺たちの距離は近くなる。
再び唇を重ねて離れて、見つめ合ってまた唇を重ねて。
名前が喜ぶんだったら……まぁしばらくはこのままでいいか。
とろけた名前の顔見てたらこっちも絆されちゃった。
「来年の俺の誕生日には関西弁完璧にマスターしてるかもね」
「それはそれで……見てみたいけどやっぱり今のスナ語のほうがいいかも」
「……スナ語?」
「あっ!ちゃう、今のは違う!忘れて!」
「やっぱ面白がってんじゃん……お仕置き」
「勘弁してください!!」