- ナノ -


episode 3

「お、時間通りじゃん」
「そっちは……早めに来たの?」
「誕生日だから記念日休暇取った」
「さすが一部上場企業。福利厚生がしっかりしてますネ」
私が茶化すと角名くんは一瞬だけ笑った。
そして何を考えてるのか読めない無表情にすっと戻る。

彼の誕生日にこうして食事に行くのはこれで3回目だ。27回のうちの3回。これまで彼が迎えた誕生日の1/9は私と過ごすことになる。

1回目は大学生の時。付き合い始めてわりとすぐくらいだった。一人暮らしの狭いアパートに初めて出来た彼氏であった角名くんを招いてハンバーグとか作ったな……たしか。
角名くんが美味しいって言ってくれた事がとても嬉しくてしばらく舞い上がってたんだけどいつの間にか学内屈指の手練れな女の子に角名くんはあっさりと奪われていってしまった。

ショックでそれから卒業するまで角名くんのことは徹底的に避けてたんだけど、まさか就職先が同じ県になってたなんて去年まで全く知らなかった。

そう、一年前の1月25日。その日はようやく年明けのドタバタが落ち着いた日で定時に上がって駅前をふらふらしていた。
今日の夕食はご褒美にしよう。デパ地下のお惣菜買い込んでもいいかもしれない。てかいい匂い。この匂いは肉だ、焼肉だ!食べたい!
とか考えながら芳しい匂いに誘われて半地下の焼肉屋に吸い寄せられた。それが間違いだった。

夕方だったので店は混みかけていた。
私の前に3組ほどが並んでいて思ったより時間がかかりそうだった。
1人だしすぐ食べられないなら他を探そう。諦めて階段を登ると上から人が降りてきて、顔は見ずにすれ違おうとしたその時。

「名前?」

こんなところで人に名前を呼ばれるなんて思ってなくて私の名を呼んだその人の顔を見上げた。

角名くんだった。

「……ど、どうして……角名くんがここに…」
「やっぱ名前だ。久しぶり」
すっと目を細めて薄く笑う。髪は随分と短くなってて学生の時より小綺麗……というか洗練されて爽やかになってた。
「……あ、うん。ひ、久しぶり」
「いつぶりだっけ?5年…6年ぶりじゃない?」
「そうだっけ?」
じゃ、私はこれでと彼から視線を逸らして足早に階段を登ろうとしたのに後ろからまだ声をかけられる。

「何?メシ食うんじゃないの?」
「あ…の、混んでるから」
「ひとりで?」
「……そうだけど?」
「ふーん」
「じゃあね」

それから逃げるように階段を登って通りに出たのにすぐ背後に人がついてくる気配がする。

しばらく無視して歩いていたが、信号に引っかかった時に横に並ばれてしまった。

「……どうして付いてくんの?」
「ん?名前とメシ食おうと思って」
「なんで!?」
「俺今日誕生日だからいいでしょ?付き合ってよ」
「何その謎理論!」


最終的に割り勘でということで手頃な居酒屋に入った。そこは海の幸が売りで、近郊で獲れた新鮮な魚の舟盛が有名なのだとか。まんまと彼に言いくるめられてカウンターで美味しいお酒と肴をお腹に納めた頃には私の中の彼に対するわだかまりも解けていた。仕事の話をしたり最近行った旅行の話とかもしたり。わりと明け透けに。まぁ、こんな事はもうないだろうし。

付き合っていた時は私ばっかり角名くんのことが好きだったからいつも彼に遠慮して顔色伺ってた。
大人になって、いろんな人付き合いがあって、彼と距離を置いた期間に培った事が自信になって私はその時ようやく角名くんと対等になれたような気がした。

そして夜も深まる前にさぁ帰ろうかと言った途端、角名くんはスマホを差し出してきた。

「連絡先教えて」
「なんで!?」
「来年も暇だったらメシ食お?」
「そんなの……私じゃなくてさぁ……角名くんだったら適当に声かけたら誰か来てくれるでしょ?」
「名前みたいに?」
「……チョロくて悪かったわね」


それから、角名くんとは数回メッセージをやりとりしたと思う。

飲んでる時にバレーボールの選手になってることとかちらりと聞いたから自分で少しだけ調べて、まさか日本代表に選ばれてたことや彼のSNSのフォロワー数に引いて自分から連絡する事はしなくなった。

来年も……なんて言ってたけどあんなの彼の気まぐれだ。たまたま見かけた元カノからかってただけだ。もう忘れよ。
登録させられた角名くんの連絡先は削除して、私はまた忙しない自分の日常に戻っていった。


また年が明けてすぐ、年末年始のドタバタが佳境に入った頃、知らない番号から着信があった。
市外局番からだから取引先かな?と思い、とりあえず業務の合間にかけ直すと
『なんで俺の番号着拒してんだよ』
といきなり不機嫌そうな声が聞こえた。
「……え……す、角名くん?」
『そうだよ』
「……何の用?」
『アポ取り』
「……仕事の……ご用件じゃないよね?」
『1月25日空けといて』
「あれ冗談じゃなかったの?」
『違げぇよ。行けるよね?』
「ちょっと待って、私今すごーく仕事忙しいんだけど」
『そこはがんばって。じゃないと当日会社まで行くよ?』
「……それだけはやめてください」

数日後、また同じ番号から当日の集合場所と時間を告げられ、私はそれに間に合うよう仕事をこなしたのだった。

で、今に至る。

-続く-