- ナノ -


episode 2

「ねぇママー、この箱お兄に送るの?」

リビングに置いてあった大きめの段ボールにはお兄の好きなチューペット、何にでもかけられる味噌や新しいタオルや靴下、詰め替え用のボディソープなどいろんな物が入っていた。

「名前もお兄ちゃんに送りたいものあったら入れていいよ」
と2階から降りて来たママがリビングに戻るなり私にそう告げる。ママの腕には新品のシャツらしき衣類が一着引っかかっていた。
問題はそのデザインだ。

「……ねぇ、もしかしてそれも送るの?」
そこかしこに狐の顔がプリントされたTシャツ。一体どこで買ってきたんだろ。ママはわざわざそれを広げて見せつけてくる。
「お兄ちゃん、この間シャツ洗っても洗っても足りないって言ってたから」
「……そんなのは求めてないと思うよ?」
「部活で使うんだからいくらあってもいいじゃない」
「お兄絶対それ着ないと思う」
「えー……かわいいのに……」
流石にそれは無い。私でもそんなダサいTシャツ、チェストにすら入れたくない。

「お兄もう17だよ?子供じゃ無いんだから」
「私からしたら十分子供なんです!」
流石にボロクソ言われたのが気に障ったのか、少し怒らせてしまった。けどママはそのシャツを段ボールには入れなかった。
「パパにでも着せようかな」なんて不穏なこと呟いてたけど聞かなかったことにした。

「……誕生日だったら物よかお金とか送ればいいじゃん。そっちの方が喜ぶよ?絶対」
「それも送るけど寂しいじゃない?」
「わかった、手止めてゴメン」

ママとのやりとりを終えてソファーにぼすりと音を立てて寝そべり、タブレットを弄る。
我が家はパソコンやタブレットを勉強以外で使ってもよっぽどのことがない限り咎められない。
むしろ「知りたいことを自分で調べることが大事」との方針から積極的に使えとまで言われている。

私がタブレットで調べ物をしている間、ママは鼻歌を歌いながら段ボールにあれやこれやと日用品や衣類など詰め込んでいく。

ママは近頃買い物に行っては「これ……お兄ちゃんに送ろうかな」と呟く。で、もれなく買う。
あれはもうママの趣味になっちゃったんだと思う。ただし、購入する品目は毎回季節感のないものばかりで思わず口出ししそうになる。今もほら、せめてカイロでも入れてやればいいのにって。お兄寒がりなのにって言いかけてしまう。

「明後日送るからそれまでに入れたいものあったら入れなさいね」

そう言ってママは晩御飯の準備をすべく、キッチンへ向かった。


「ありがとうございました」

実家から送ってきた荷物を寮の管理人から受け取った。いつも通りずしりと重い。
消耗品やちょっとした食品とか送ってくれんのはありがたい。
けど、たまにとても恥ずかしくて使えないキャラ物のタオルとか入ってるから一概には喜べない。毎回そういうのはいらねぇって言ってんのに母さんには伝わってないらしい。

ヨタヨタと階段を登り部屋の扉を足で開けて床の上に箱を置く。
相部屋の銀島はコンビニへ行ってるみたいなので箱の中身を出すのにちょうどいい。
ベリベリと音を立ててガムテープを剥がすと少しだけ箱が開いて愛知の家の匂いが微かに漂った。

箱の中身を確認する。母さんからの手紙がまず1番上にあって、それは机の上に避難させた。
手紙の下には新品のタオルや下着などの衣類があって、シャンプーやボディソープの詰め替えとかが箱の四方に入ってる。真ん中の底にはチューペットと味噌とあと小分け包装されてるお菓子とか。それらを箱から取り出して床に置いていく。

今のところ使うのに気が引けるものは入ってなさそうだった。もしかしたら荷造りの時に名前が側にいたのかもしれない。
『お兄そんなの絶対使わないって!』
思春期真っ盛りで生意気な妹がソファーに寝そべりながら母さんにそう指摘する姿がありありと脳裏に浮かび思わず鼻で笑ってしまった。
「名前いい仕事すんじゃん」
実際そうだったかは知らねぇけど。

荷物を8割ほど確認したところで床が埋まってきたので一度手を止めて片付けられるもんは収納スペースに投げ込んだ。欲を言えば今すぐ使えるような、寒さを凌げる物を入れて欲しかったな、なんて考えながら。
まぁ、誕生日という名目でいつもより多めに振り込まれた仕送りの金額から察するに自分で好きな物を買ってこいってことなんだろ。
助かる。
毎回そうして欲しいくらい。
バタンと音を立てて収納の扉を閉めた。

あと少しだけ残っている箱の中身を片付けたら俺もコンビニになんか買いに行こ。
そうして手を伸ばした際に、箱の端に入っていた紙袋に当たってそれはぺそりと音もなく倒れた。日用品と食品の隙間に入ってたやつで緩衝材かなんかかな?と思って中身を見た。

「ほんと……いい仕事するよね」

「ただいまー……って、角名。また、オカン便来たんか?」
銀島が買い物から戻ってきた。机の椅子に跨り背もたれで腹を支えながらこちらを見下ろす。
「そ。もう終わるから箱捨てに行くついでに俺もコンビニ行ってくる」
「それ今回送ってきたやつ?」
箱の中身はほぼ片付いていたので、俺に視線を移した銀島は俺の首元を指差す。
さっきの紙袋に入ってたのはネックウォーマーで、シンプルに黒一色だけど普段使いには丁度よかった。ご丁寧にもルーズリーフの切れ端に丸っこい文字で「オメデト!」と書かれたメッセージ付き。誰からかは書いてなかったけどすぐわかる。

「うん、妹から。誕プレだって」
「素直やないとか生意気や言うてだけど……えぇ子やん」
「……どうだろね」
俺がそう答えると銀島はニカっと歯を見せて「やっぱええなぁ、妹おるって」と言って笑う。
照れくささから居心地の悪さを感じてコンビニへ行く準備をし始めた。
「家に電話しに行くん?」
「違う。買い物」
「ふーん、買い物か」
「そうだよ、買い物だよ」
これ以上は詮索しないでという意思を込めて念押しして部屋を出た。

銀島にはああ言ったけど今日はメッセージじゃなくて電話をかけよう。

母さんにお礼言って、もし名前がいたら代わってもらおう。
誕生日プレゼントありがとうって言ったらきっと名前 はどんな憎まれ口をたたくのか。

素直じゃない妹を持つのも悪くない。