- ナノ -

長い散歩

「あ、双葉?ギリギリでごめんな、今駅ついたんやけど」
「なまえごめん!佐倉、今日来られへんねんて!」

今日は、県内でも有名な花火大会があり、私は友人の双葉と双葉の中学時代の同級生である佐倉くんをはじめ、総勢6人で一緒に見に行く約束をしていた。

祖母に浴衣を着せてもらって、より可愛く見えるように念入りに髪をセットしていたら集合時間に遅れそうになってしまった。

会場の最寄り駅に着いてすぐに双葉に連絡をとったのだが、私の今日一番の目的でもあった佐倉くんが来ないというのはどういうことなのか。

「え、マジで?」
「うん……ホンマに言いにくい話やねんけど……
佐倉、つい最近彼女できたらしくて今日はその子と行くからこっち来られへんねんて」

彼女デキタラシクテ

双葉のその一言に頭をガツンと殴られたような衝撃が走った。
「……あー……そうなんや」
「なまえ、大丈夫?」

大丈夫?大丈夫って何が?


「……ごめん、無理っぽい。悪いねんけど帰るわ」
「ほんまごめん!ちゃんと私が確認してたらこんなことにならへんかったのに!」
双葉は全然悪くない。これまでも私のためにたくさん協力してくれた。
「ううん、大丈夫やで。こればっかりはしゃあないしな。それより花火楽しんできてな」


「……うん。家着いたら連絡してな」


「ありがとう。じゃあ」


花火会場へ続く人の波からするすると外れて、
私は道の隅っこでぼんやり立ち尽くした。







佐倉くんは市内の男子校に通い、
サッカー部に所属している。


GW明け、双葉が中学の同窓会をしたというので、
写真を見せてもらったのだが、
そこに写っていた彼に一目惚れした。


それからは双葉に間に入ってもらって、
試合の応援に行ったり、
一緒にカラオケに行ったりして
順調に距離を詰めていた矢先だった。


今日、告ろうと思ったのに……


涙は出なかった。


心にぽっかり穴が空いたような喪失感って
こんな感じなんかな。


他人事のようにそう考えていた。


「あれ?みょうじ?」


名前を呼ばれて顔を向けると、
クラスメイトの角名が
こちらに向かって来ていた。


「随分気合入れた格好してんのに
なんでそんな浮かない顔してんの?」


背の高い角名がわざわざ腰を曲げて
顔を覗き込んでくる。


「……角名に関係ない」


「わかった、迷子だろ?」


角名はわざとおどけるように言う。


「……違うし」


「じゃあ、振られたとか?」


「……」


「あれ、図星?」


「もう、ほっといてや……
角名、花火見に来たんやろ?はよ行きぃや」


「ほっとけないって。そんな顔してんのに」


角名は私の前から動こうとしないので、
私は来た道を引き返そうとしたが
腕を掴まれた。


「どこ行くの?」


「帰る」


「そっちから帰れないよ?」


「んなわけないやん。駅こっちやのに」


「だから無理なんだって。
今日は混雑するから来た駅から
電車乗れないんだよ?
帰るんだったら会場通り過ぎて
隣の駅に行かないと」


「うそ!」


「こんなときに嘘ついても仕方ないじゃん」


角名の顔を見つめて呆然とする。


「隣の駅まで送るよ」


「ええよ、一人で行けるし」


「そんな可愛い格好してぼんやり
歩いてたら襲われちゃうよ?
もう暗いし心配だから送らせてよ」


ほら、


そう言って角名に手を握られ
私達はゆっくり歩き出した。


「角名も誰かと来てるんちゃうの?」


「バレー部の奴らと待ち合わせしてたけど
男と花火見たってつまんないし、いいや」


「連絡はしたん?」


「まだ」


「した方がええよ」


「そう?じゃあちょっとだけ」


そう言って角名はポケットから
スマホを取り出す。


私の手を握ったまま、
人にぶつからないように
器用にメッセージを打っている。


「角名、歩きスマホ危ない」


「んー、もうちょっと……はい、OK」


「なぁ、ちゃんと歩くから手ぇ離して?」


「だーめ。こんなに人多いんだから
すぐ迷子になっちゃうよ?」


「ならへん!」


「ははは、元気出てきたじゃん」


会場が近くなってくると
通りに出店がちらほらと現れた。


ソースの焦げる匂いや
ベビーカステラの甘い匂いが
鼻孔をくすぐる。


「みょうじなんか食べたいのある?」


「角名食べたいのあるんやったらどうぞ」


「うーん、片手で食べられそうなもの
ないかな」


「食べるときくらい手ぇ離してや」


「だめだよ」


「信用ないな」


結局、角名はりんご飴を買った。


きれいにコーティングされたりんごを
チロチロと舐めながらまた歩きはじめる。


「角名って甘い食べ物好きなん?」


「わりと好きかな。
みょうじはこういうの食べないの?」


「私、ベタベタになるから苦手やねん」


「あー、ちょっと不器用だもんね」


「うるさいな」


「俺が持っててあげるから食べる?」


角名がりんご飴を私に差し出す。


「人の舐めたやつ食べたないわ」


「美味しいのに」


その時、ドーンと大きな音が響いた。


ちょうど正面の建物と建物の間から
花火がまっすぐ打ち上がったのが見えた。


立ち止まって、弾けた花びらがゆっくりと
暗い空に光の線を引いていく様子を見ていた。


あぁ、佐倉くんも今頃どっかで彼女と
この花火見てるんかな


急に涙が出てきた。


「ちょっと休もうか」


私の様子を察した角名が手を引いて
通りを外れて行く。


途中でお茶を2本買って
コインパーキングの縁石に座った。


会場への通りはあんなに賑やかだったのに
少し筋を変えただけで、喧騒が遠い。


花火が打ち上がって弾ける音が、
私の嗚咽をかき消した。








「落ち着いた?」


そう言いながら角名がお茶を差し出した。


「うん……ありがとう」


お茶を受け取って腫れぼったい瞼にのせる。


ひんやりして気持ちがいい。


「そんなに好きだったんだ?」


「……うん。思った以上に」


「そいつ。なんで振っちゃったんだろ。
こんなに可愛いのに」


「この格好で会ってないよ。
それに告白する前に向こうに
彼女ができたって聞いたから」


「そっか。せっかくがんばったのにね」


角名が私の髪に優しく触れる。
セットした髪型が崩れないように。


また涙がこぼれそうになった。


目尻にたまる涙を角名がそっと拭う。
そのまま引き寄せられて
角名にギュッと抱きしめられた。


角名からはりんごの甘酸っぱい香りがした。







人であふれる会場の横を
角名と手をつないで通り過ぎる。


ちょうど花火も佳境に入ったようで、
大きな音が響く中、
私達は無言で駅を目指す。


まだ帰る人は少ないようで、
駅にはあまり人はいなかった。


結局、角名は私の家の近くの駅まで送ってくれた。

一緒にホームへ降り立って、走って行く列車を見送る。
もう、私は家へ帰るのだから角名へお礼を言ってこの手を離さないと。
頭ではわかっているのに名残惜しくてつないだ手をなかなか離せない。


「今日はありがとう、角名」


「うん」


「なんか、お礼せなあかんな。こんなに迷惑かけてもうたら」


「迷惑じゃないよ」


そう言って角名が私を見つめる。


「また、辛かったら俺に言って。そばにいるから」


「うん……ありがとう」


ちょうど次の電車がホームに入ってきた。


おやすみ、そう言って角名はスルリと手を離し電車に乗る。


角名を見送りながら、私はいつのまにか長い散歩に出ていたのだと気付いた。


春に角名と同じクラスになったことも、
佐倉くんに一目惚れをしたことも、
その彼に今日失恋してしまったことも、
角名と手をつないで歩いたことも


その手をもう


恋しいと思っていることも


この散歩の終わりはきっと角名が知っている



そんな気がした。