- ナノ -

ちょうど良い温度

「ねぇこの部屋寒くない?」
「え、ちょうどいいんだけど」

倫太郎の部屋に遊びに来たものの、なんだか肌寒い。薄着というわけでもないのにこの寒さ。
テーブルの上に無造作に置かれていたリモコンでエアコンの設定温度を確認すると、私が自宅で設定している温度よりずいぶん低い。

「無理、寒い」

素早くリモコンを手に取り設定温度を1℃、2℃と上げていく。
ぴ、ぴ、と音を立て、エアコンから暖かい空気が勢いをつけて流れ始めた。

「ちょっ、何℃まで上げるつもりだよ」

私の手元に伸びてきた倫太郎の長い腕はリモコンを奪っていった。またぴ、ぴ、と音をたてて途端にエアコンからの風は緩やかなものとなり、私は再び肌寒さを感じる。

「倫太郎寒い!やだ!部屋温くしてよ!」
「俺はこれくらいがいい」
「寒すぎる。もう帰りたい」
「……そんな寒いなら」

そう言って彼はクローゼットへ向かう。すぐに黒いパーカーを持ってこちらへ戻ってきた。

「それ貸してくれるの?」
「ん」
「ありがとう」

彼の手からパーカーを受け取ろうと手を伸ばすと、頭の上から勢いよくそれをずぼりと被せられた。

「わ、わわっ」

とっさのことで足元がふらつくものの直ぐ側に居た倫太郎がパーカーと一緒に私の肩を支えた。

ふ、と鼻で笑って
「ほら、バンザーイして?」
とまるで小さな子供に言い聞かせるように私に向かってそう告げる。

「……自分で着られるし」

不機嫌さを隠さずに倫太郎へ抗議するけどそんなの全く気にする素振りもなく、目の前の彼はとても楽しそうだ。

「自分で着られるし!」
「2回も言わなくていいよ」

さらりと私の主張をスルーして倫太郎はしつこくもまた「バンザーイ」なんて言ってくる。

でも寒いし設定温度上げてくれなさそうなのでここは私が折れて彼の言うとおりにバンザーイしてパーカーを着せてもらった。

倫太郎のパーカーはとても大きくてもこもこするけどすごく温かい。
それに倫太郎の匂いがしてすごく落ち着く。

私にパーカーを着せて満足したのか、倫太郎はキッチンへ向かったのでソファーに座ってテレビを付けた。
しばらくすると倫太郎がほあほあの湯気とココアの優しい香りが立ち上るマグカップを2つ持ってきて
「帰りたくなくなった?」
って聞いてくる。

エアコンの設定温度は絶対上げてくれないけど、こんなふうに優しくしてくれるのは
―――ちょっとうれしい

温かなマグカップを受け取りながら『うん』の代わりに
「これだったらこの寒さでも耐えられるかも」
と答えた。

倫太郎は少しだけ呆れた顔して
「帰りたくなくなったって言えよ」
って言いながら私の額に全然痛くないデコピンをした。