- ナノ -

雰囲気は大事

「はい」
「なにこれ?」
「いいから開けてみて」

家へ帰るなり倫太郎がリビングへ来いと急かす。
普段はこちらからリビングまで「ただいま」と言いに行かなきゃ「おかえり」と言ってくれないくせに。今日は玄関の扉を開けたら目の前に倫太郎が立っていて私は軽く悲鳴を上げた。

リビングまで倫太郎に腕を引かれて「座って」と促され、着替えもせずにソファーへ座るとワインのフルボトルが入りそうな大きさの白い箱が差し出される。
真紅のぽってりしたリボンでかわいらしく飾られた箱を言われるがまま受け取ると思ったよりも軽かった。

ソファーの真ん中に座っていた私にすり寄るように倫太郎は隣に座る。
「ね、なまえ、早く開けてみてよ」
今日は誕生日でもぱっと思い当たるような記念日でもないのにこんな気合いの入ったプレゼントを用意するあたり、嫌な予感しかしない。

これでも彼とは高校の時からの付き合いなので表情筋は常に省エネモードでも普段と何か違うことくらいはわかる。
一体なにを企んでるんだ。

「ありがとう…とりあえず着替えてくるわ」
と箱をローテーブルに置いて立ち上がろうとすると腰につかまって再度ソファーへ戻される。

「なんなん?着替えくらいええやろ?」
「なまえは俺からの贈り物後回しにするの?」

こんな時だけちょっと悲しそうな顔をする。
まぁ元々下がり眉だから笑ってなければそんなふうに見えないこともないけど。

はぁー

結局、倫太郎に甘い私は軽くため息をついて箱を開けてみることにした。

しゅるりとリボンを解く。
箱を開けると薄い紙に包まれて紫色の何かが入っているのが透けて見えた。

それを開くと出てきたのはレース素材のスケッスケの下着でやっぱりかと私は再度ため息をつく。

「これは……なに?」
「今日はメンズバレンタインデーなんだって」
「聞いたことないねんけどなにそれ?」
「男性が女性へ下着を送って愛の告白する日らしいよ」
「へえー。で?この下着というには心許ない布っきれは?買いに行ったん?」
「そうだけど?」
「え!ひとりで?!」
「ん。絶対似合うと思ってさ、買っちゃったんだよね」

私の手からヒラヒラの下着を取って服の上から当ててくる。
どうせ付けてるとこなんかあんまり見ぃひんくせに!!!

「一人で買いに行くとかありえへん!倫太郎の羞恥心どーなってんの?!」
「中身も入ってねぇのに何を恥ずかしがんの?」

倫太郎はニヤニヤと楽しそうに私を見つめるが「あ、大事なこと忘れてた」と急に何かを思いついたようにコロリと表情を変えた。

普段の彼の様子から考えればそれはとてもめずらしいことだし、モノが物とはいえ私のためにプレゼントを用意してくれたその気持ち丸ごとがとても嬉しいし愛しい。

但しタイミングは悪い。

仕事で疲れて帰ってきて家に帰ればマイペースな恋人に振り回され、今夜の私はもう疲労困憊だ。

「……今度は何なん?」

投げやりに返事すると倫太郎は私の頬に手を添えてこう囁く。

「愛してる、なまえ」