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リモートワークを監視される話

世の中の情勢に合わせるように我が社でも週3日のリモートワークが導入された。なるべく社員同士の接触と通勤の機会を避けるという名目のもと、隣の席の同僚と交互に出社することになってはや2週間。

今日は月曜日。今週は休み明けから一日置きのリモートのローテーションだ。朝食を摂ったあと、ダイニングテーブルにノートPCと持ち帰った資料を広げている。そして私の正面で倫太郎は優雅にコーヒーを飲んでいる。

治くんの手土産のチョコを一粒パクリと口に運び、視線はスマホに釘付けだ。

「えぇなぁ…わたしもちょっと一息…」
「だめだよ。まだ仕事始めて15分しか経ってないじゃん」

箱にそろりと伸ばした手をピシャリと叩かれた。

「倫太郎ばっかりずるい!!」
「子供かよ。俺は今日オフだからいいんだよ」

そう言いながら2つ目のチョコをまたひょいっと口へ運んだ。

あのチョコの価値をわかっているのだろうか。
関西本店限定、開店10分で売り切れるという伝説のチョコなのに。
SNS巡回の片手間に食べるものではないのだと言いたい。

「なぁー、食べるんやったらチューペット食べたらよかったのに。この間また大量に買ってきたやん」
「それもこのあと食べる」
「お腹壊すで?」
「俺は子供じゃないから大丈夫。それより手止まってるよ?」

……目ざといな
軽く舌打ちをしてまた手元の資料に視線を戻した。

倫太郎と暮らし始めて半年が経つ。
日本の男性平均よりも背の高い彼のためにダイニングの椅子もリビングのソファーも座面の広いものを選んだ。
休日にゆっくりするならリビングで寛げばいいものを。

それから資料とPCに視線を往復させている間に倫太郎はコーヒーを飲み干し、マグカップを洗ってチューペットを片手にソファーに寝転んだ。

そろそろ仕事を始めて2時間になる。メールを1本打たら休憩しよう。

タタタとキーボードを叩いて送信ボタンを押して、凝り固まった肩をしっかり伸ばして私は席を立つ。ソファーで寛ぐ倫太郎に近付き、彼めがけてダイブした。

うわっ、と言いながらも私を受け止める準備は
万全だった倫太郎は持っていたスマホを床へ置き、咥えていたチューペットの抜け殻はローテーブルに投げ出して私の腰に両手を添えた。

「もう終わり?」
「んーん、休憩」
「結構集中してたね」
「そんなことないよ、倫太郎おるからそわそわした。それに途中からスマホじゃなくて私を監視してたやろ」
「ばれたか」
「怪しい視線を感じた」
「怪しいとか言うなよ」

そろりと腰から背中を伝って這い上がって来た彼の右手が私の後頭部にそっと添えられる。

これは合図だ。

瞳を静かに閉じると啄むようなキスをひとつくれる。

「ほら、ご褒美あげたから仕事戻りなよ」
「えぇー、もっと休みたいー」
「駄目だって。早く仕事片付けてくれないと」
「何なん?倫太郎はうちの上司からなんか言われてんの?差金なん?」
「面識ねぇよ」

ははっと笑ったあと、

そうじゃなくて

そう言いながらまた倫太郎は私にキスをする。
今度はちょっと深めのやつ。
さっきまでサイダー味のチューペットを食べていたせいか、安っぽい甘い味がした。
ゆっくり離れていく倫太郎からこのまま開放されるかと思いきや、

「早く仕事片付けてイチャイチャしようよ」

わざとなのか、私の耳元で吐息をたっぷり含んだ声で呟くので背筋がぞわりと泡立った。

「っあかん!私仕事やねんから!」
「俺は今日オフだからいいんだよ」

身をよじらせて彼から離れようとするも、腰をガッチリホールドされて身動きが取れない。
今度は耳にチュッっとリップ音を鳴らしてキスされる。

「っもう!もう仕事戻るからー!むりむり!」
「ほんっと、耳弱いよねー」
「私で遊ぶな!」
「俺は今日オフだからいいんだよ」
「それさっき聞いたー!!」

ようやく開放され、倫太郎から距離を取りながら睨みつける。

「リモートワークっていいね。次は水曜だっけ?」
「倫太郎には教えません!!!」