紫陽花の季節に死んだひと | ナノ
▽数年後妄想
▽事後





夜の底を漂っていた意識がふいに浮上する。すっと引き揚げられた身体を確かめるように正臣は光源のない深い闇にまだ慣れない目で自分の両手とその狭間に切り取られた見慣れた天井を見つめた。遮光カーテンを使用している上に、関節照明さえないこの部屋はいつだって外界と切り離されたように暗い。

「…っ…う、んん」

掠れた喉を確認するべく不明瞭な音を発してみた。話すことが億劫になりそうな調子だ。最悪である。

「起きたの」

「い、ざやさん」

腰を中心として身体全体が気怠く、首を動かすことさえ億劫だったため正臣は目線だけで声の方向を追った。隣に寝ているであろう臨也に今は背中を向けている状態だ。

「誕生日、おめでとう」

「…、っ!!さ、いあく」

臨也の口から零れた言葉に軋む腕を伸ばして枕元に放られていた自分の携帯電話を掴む。無機質なデジタルの画面が午前3時過ぎを示していた。新着メール5通。不在着信3件。沙樹、帝人、杏里。馴染んだ顔が浮かんでは消えていく。一昨年の誕生日は帝人と杏里。去年の誕生日は沙樹と、それから臨也さん。そして今年は、誕生日を祝う暇もなく自分自身今日がその日であることなどすっかり忘れてしまっていた。臨也と生活を共にするようになってから季節さえ早足で正臣を追い抜いてゆくように感じる。

「18歳だね。よかったじゃない。18にもなれば大程のことが許される。結婚もできるねえ」

「…も、さい、あく…です。責任取って死ぬか、結婚するか、してください」

絡まる声を搾り出すように、後ろへ投げかけた。頭がまだふわふわと確束ない。夢の延長を過ごしているようだ。

「ははっ酷いなあ。正臣にとって俺と結婚するのは死ぬのと同意義なの?」

臨也の声からは当然動揺も驚愕も読み取れなかった。この人にとっては俺のこの言葉すら予定調和なのだろうか。酷いなどと批難めいているくせに妙に浮ついたような臨也の声を聞いて正臣はごく稀に見せるあどけないその表情を同時に脳裏に描いた。

「結婚は人生の墓場だって、言いますから」

正臣はゆっくりと臨也の方に向き直る。その朱い瞳と目を合わせたら酷く懐かしいような気持ちになった。衝動的に胸に顔を押し付けてみた。冷たい肌の奥で心臓が確かに、脈打っている。

「あんたとなら、死んでもいいですよ」

俺はまだ、夢を見ているのだろうか。



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0619|正臣誕生日おめでとう

素敵企画さまに提出させて
いただきました。神ばかりの
中で明らかに場違いな如月涙目。

タイトル▽まよい庭火


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