ナマエがまず二人を連れて向かうのはレストランだ。
島での滞在中、偶然仲良くなったニコロというマーレ軍にいた青年が経営するレストラン。彼の料理は美味しいので、ナマエもお気に入りだった。
「小さな子はたくさん食べなきゃ!リヴァイの腕、木の棒みたいに細いし……」
馬車に揺られながらナマエがリヴァイの腕を握ると、リヴァイは鋭い眼力を添えて舌打ちを繰り出した。
「お前っ!なんてことするんだ!」
すかさず口を挟んだのはジークだ。まだ少しの時間しか経っていないが、ジークとリヴァイ。どうやらあまり仲は良くないらしい。
「いいんだよジーク。ジークもね、私に気を遣わなくていいからね」
「でも……」
しゅんと顔をうつむけると、ジークのやわらかな猫っ毛が光に反射して金色にきらめいた。儚げに見える彼の横顔は、何故かナマエの胸の奥を締めつける。
「三人で一緒に、いっぱい食べようね!」
「……うんっ!」
微笑みを携えたジークが、ナマエを見上げる。
(か……可愛い!)
まるで天使のような微笑みだ。
(リヴァイの方が警戒心は強そうだなぁ。でもなんだか黒猫みたいでそれもまた可愛い……)
ナマエがリヴァイの頭に手をのせて撫でてみせると、リヴァイは「クソが!」とナマエを睨む。
(可愛いっ……!)
すると今度はジークがナマエの服の袖を引っ張った。ちょんちょん、と遠慮がちに。
「ジークもする?」
二人同時に撫でて見せると、リヴァイは舌打ちしながら。ジークは満足げに撫でられている。
(可愛い可愛い!)
すでに巨大樹の森に向かう際、調査兵団の要人と話してみたいとか、ジーク・イェーガーと話してみたいといった志はすっかりナマエの中から抜け落ちていた。ジーク・イェーガーとジークの名前が同じことも気付かない始末である。
今やナマエの脳内を占めるのはリヴァイとジークという二人の可愛い子供の存在だけ。レストランでお腹いっぱい食べさせたいということだけ。
そしてヒィズルのお得意様として、ナマエはレストランの個室へと通された。
「お久しぶりです。ナマエさん、お酒は飲めませんでしたよね?」
「久しぶりニコロ!うん。今日もお酒はいらないの。それより、この二人にお腹いっぱい食べさせてくれる?」
「え……?この子達は?」
ニコロの疑問ももっともだ。東洋人は顔に特徴があるけれど、二人の子供はどう見てもヒィズル国の子供のようには見えない。
「さっき拾っちゃったの。とりあえずご飯食べさせたくて」
ニコロはリヴァイの方を一瞥する。その意見はもっともだ。
「わかりましたけど……この後どうするんですか、この子達。孤児院に?」
「孤児院……」
ナマエが二人を見やると、不安に瞳を揺らすジークとリヴァイと目が合った。
「無理」
「え?」
「孤児院入れるとか無理だわ」
「貴女、祖国では孤児院を手伝っていたとか」
「いや、無理よ。ねぇ?」
そう言ってナマエがジークの方へ首を傾げると、ジークもうんうんと首を縦に二回振った。そうですか、と呟くニコロに向かって、リヴァイがその辺の暗殺者よりも鋭い眼光で睨む。
(ナマエさん、大丈夫だろうか……)
「そんなことよりニコロ!オーダーを通してもいい?」
「ああ、はい。何にしましょう」
「もちろん、ありったけのお子さまランチを!」
ふわふわのオムレット、甘口のミートボール、肉汁たっぷりのウインナー、ふわふわのパン。子供なら誰しもが惹かれるメニューがこれでもかと乗った大皿を、ニコロはすぐに三人の前へと持ってきた。
「これ……食っていいのか」
銀のフォークを握りしめ、リヴァイが呟いた。初めて、リヴァイが自分から口を開いた。
「うん!うんうん!食べていいよ!おかわりもあるからね!」
「ナマエ、こっちは?食べてもいいの」
ジークが指さすのはニコロがサービスで持ってきたパンケーキだ。
「いいよ。好きなのから食べて。好きなだけ、食べていいんだよ」
もくもくと好きなものを一心不乱に口に運ぶ二人。ナマエはそれだけでお腹いっぱいだ。幸福で満たされる胃袋は、人の心も豊かにする。食事が進むにつれ、ジークとリヴァイを纏う空気もどこか和らいでいた。
デザートにフルーツの盛り合わせまでをしっかり食べ終えると、ジークとリヴァイは机に突っ伏した。疲れていたのだろう。ナマエはジャケットを脱いでリヴァイに、中に着ていたカーディガンをジークにかけた。
「ナマエさん、すみません」
「ニコロ!どうしたの?」
遠慮がちに個室の扉から顔をのぞかせたニコロ。
「サシャに連絡を取ってみたんです。調査兵団の寄宿舎なら、今空きが多くあるって言ってたので。とりあえずは、そこを使われてはいかがでしょう?」
「本当?私達が使っていいの?」
「まぁ、いいんじゃないでしょうか。リヴァイ兵士長にバレなければ大丈夫じゃないかとかなんとか」
リヴァイ兵士長、の名前にナマエは一瞬引っ掛かりを覚える。しかし。
「わかったわ。じゃあ早速その寄宿舎とやらに行ってみる。ありがとう!」
「いえいえ」
ナマエは立ち上がり、眠りこけたジークとリヴァイを両手に抱き上げた。ジークの方が少し大きいので、肩にかかるようにして。リヴァイは小さくて細いので、ナマエでも片手で抱き上げることが出来る。
「え……ちょっと待って下さい。そのまま抱っこして行く気ですか?」
「そうよ!私が面倒見るんだからね!」
手伝いましょうか、と声をかけようとしてニコロは口を噤んだ。ナマエの両肩で揺られる二人は、安心しきって眠っている。
(ま……いいかな。ヒィズル国の人って逞しいんだな)
ヒィズルに限らず女は強いのだ。子を持てば。ナマエは二人を抱えたまま、難なく調査兵団寄宿舎へと辿り着いたのだった。
満腹よ世界平和であれ