日中の陽だまりが部屋の中に残っているのに、窓を開ければ寒さを帯びた風が吹き込んでくる。春の夜は頭痛を誘うようだとナマエは思った。
「ガウンがあっただろう」
デスクの上から視線を動かさないまま、風の気配を感じたクラピカが呟く。
デスクの前に置いてあるソファに座っていたナマエは、立ち上がってハンガー・ポールにかかっていたクラピカのジャケットを手に取った。視界の端に黒が動いたのを確認したクラピカは「ナマエ」と小さく呟く。
「それで座るな。皺になる」
「こっちの方が温まりそうなんだもの」
「なら窓を閉めろ」
「それは嫌」
深いため息の後、クラピカはいささかうんざりした調子でまたデスクの上の書類に視線を戻した。
「コーヒーは?」
「今は集中したいんだ。すまないがもう声をかけないでくれ」
「……どうしたらいいのかしら」
「ナマエ!」
勢いよく顔を上げたクラピカの耳元では、赤い石のピアスが揺れる。
「私、ずっと考えてるのよ。どうしたらクラピカの興味の一番が、私になるのかしらって」
「ナマエの戯言に付き合う時間は無い。眠いならもう自分の部屋に戻れ」
「貴方の中の一番大事なものが私になれば……クラピカは、もっと自由になれると思ったんだけれど」
クラピカのジャケットを肩にかけたまま、ナマエはゆらりと立ちあがる。デスクに座っているクラピカに近寄る様は、官能的なしなやかさを携えて。
「どういう……ことだ」
「やっぱり、一度試してみた方がいいわ」
ジャケットの中にあった華奢な白い腕が、そっとクラピカの首元に伸びる。彼女の冷たい指先にクラピカは一瞬身を引いた。その隙を見てにやりと口角を上げるナマエ。唇から垣間見える真っ赤な舌先は思惑を孕んだ色をしていた。
「よせ」
どうにか呟いたクラピカに、ナマエはあっさりとその体を離した。
「……窓を閉めてくるから」
呆気に取られているうちにナマエは窓を閉め、振り返る。部屋のメインの照明の灯りを落とし、室内は間接照明だけの淡い色どりに包まれた。ナマエはクラピカに近付く刹那、ジャケットを肩から落とし、着ていたワンピースもその場に脱ぎ捨てたのだった。
頭痛の種