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▽ そのキスよ、永遠に


広さでいうとちょうど一般的なホテルのワンルームくらいの広さだ。シングルベッドが2つとテーブルと椅子を置いてちょうどいいくらいの、その広さ。

しかし今ナマエとキルアがいるこの部屋の中は、広さこそそれくらいであるものの、何一つ物は置かれていない。薄いグレーの、だだっ広い空間の中に2人、ぽつんぽつんと立たされていた。

「何……ここ」

「いや、俺も聞きたい」

2人にはこの部屋へ入ってくるまでの記憶がまるでなかった。2人同時に、気付けばこの空間に取り沙汰されていたのだ。

「念能力の一種かもしれない。ナマエ、気を抜くなよ」

「う……うん」

キルアが一歩、ナマエへと近付いてその手を握った瞬間だった。

部屋の面積に対して、不釣り合いなほど高い天井からテレビ画面ほどのディスプレイが2人の前に降りて来た。

「な、なんだ?!」

「テレビなの?」

ぽーん、という間の抜けた機械音はトリックタワーでのそれを思わせる。2人は自然と臨戦態勢で画面を見やった。

しかし画面に表示されたのは。

【この部屋から出るにはキスをしなければ出ることが出来ません】

しかも字体はポップだ。

「っはぁぁぁ?!」

ただでさえ大きな瞳を一層大きくし、キルアはあらん限りの力で叫んだ。

「なんでキスなんだろう」

「俺が知るかよ!誰だよ、こんなふざけた冗談よこしてくるやつ!」

「でもキスしたら出られるんでしょ?」

瞬間、ナマエはぐいとキルアの手を引いた。同時に口元から「ん」と合図のような、吐息とも声ともとれない音が漏れる。2人の唇は簡単に、ついでにいつも通りに、優しく振れ合った。

「っオイ!そんな勝手にすんなよ!誰が見てるかわかったもんじゃねーんだぞ?!」

「でもキスしたら出られるって……こんな変な部屋、早く出たくない?」

「いや、それとこれとは……」

口ごもるキルアをよそに、画面からはまた間抜けな機械音が鳴った。2人は同時にそれに注目する。キルアとしては、さっさとこの不可解な状況から脱したいのだ。しかし無情にも続けて表示されたのは。

【ちなみに、お互いがキスしないと出られません】

「っざけんな!最初に言えよ!」

画面に怒鳴っても仕方がない。

「キルアからもってこと?」

「冗談じゃねーって!そんな簡単にできるかっつーの!」

「でも今……」

「あれはナマエが勝手にしたんだろ?俺がナマエにするのは、そんな簡単なモンじゃないからな!」

「私だって、そんな簡単にしたつもりは」

「ぷちゅっとして来たのはどこのどいつだよ!」

「キルアにするキスはいつだって真面目だよ!」

「……今のも、か?」

ずっと怒鳴り口調だったキルアの調子が、しゅんと大人しくなる。

「言われてしたようなものだけど……でも。キルアとするキスは、いつだってドキドキするし。キルアだから、キルアにしかしたくないって。私、そう思う」

「そんな恥ずいこと言うなよ、馬鹿」

「いいの。言わなきゃ伝わらないから」

2人は自然と向かい合い、両手を繋いで見つめ合っていた。背の丈は少しキルアが高いくらい。同じくらいのシルエットは、まるで最初からそこにあるかのようにぴったりと仲良くはまっている。

「キルア」

「ナマエ」

地味なグレーの空間なのに、目を凝らせばそこは淡い桃色の花が乱舞しているように見えた。花びらが舞い散る効果付きで。

***

モニターに映る2人を見て、ゴンは「もうやめない?」とビスケに向かって呟いた。

「何言ってんだわさ!ここからが面白いとこでしょうが!」

この空間にナマエとキルアを閉じ込めた張本人であるノヴは、ビスケの背後から「そろそろやめさせてくれ」と呟いているが年の功には叶わない。どこから現れたのかモラウがノヴの肩を労わるように叩くと、2人はゴンとビスケの視界からは消えていった。

そんな大人2人を横目に、ゴンは更にため息を吐く。このイタズラを思いついたのはもちろんビスケだ。

「こんなイタズラしなくったってさ。キルアとナマエはいつだってラブラブじゃんか」

「こっそり堂々と覗き見出来るからいいのさ!お子ちゃまはわってないねぇ、全く」

「こっそり堂々って意味逆なんじゃ……」

「細かいことはツッコむんじゃない!」

とんでもなく理不尽なゲンコツをくらったゴンは、またちらりと画面に視線を移した。どうやら、キルアからナマエにキスしよう……として、地団駄を踏んでいるらしい。

「生ッ意気なキルアちゃんが、この窮地をどう脱するか見物だわねぇ」

一向にビスケはこの状況から2人を解放する気はないらしい。相手がビスケなだけに、どんな時だって仲間を助けるゴンもお手上げだ。

「ごめんね、2人とも」

いたいけな少年の声は、画面の中には届かない。

***

「……やっぱダメだ!」

ナマエの両肩を掴み、キルアはいささかわざとらしい様子で頭を下げた。

「キルア……」

「いくらお前にキスすんのが俺だからって、お前がキスしてる顔、他の奴なんかに見せたくないね」

わけのわからない部屋に閉じ込められて、すでに30分以上が経過してきている。いつもとは違う気を使うせいか、キルアには疲れの色が見えた。項垂れた頭をナマエの肩へと預け、彼は甘えるようにそこに額を押しつけていた。

「せめてどこから覗いているか……わかればいいのにね」

ぽつん、とナマエは呟いて部屋の中を見回した。

「どうしてそれに気付かなかったんだ!」

こんな部屋に閉じ込めるくらいだ。部屋の中にカメラはあって然るべきだろう。表情を明るくしたキルアは部屋を見回してみる。その得意の観察眼を如何なく発揮して───

「あれだ!」

キルアの指さした先、そこはモニター画面のちょうど上部。小さな球体のレンズが、キルアとナマエに向かっている。

「それ、カメラなの?」

「これできっとコッチを見てるんだぜ。趣味わりーったら」

じろじろとカメラに向かって睨みを利かせるキルア。ちなみにそれを見守るビスケ達には、キルアのドアップが映されている。

「ナマエ、なんか書くモン持ってるか?」

「書くもの?あるかな……」

部屋の隅には、ナマエがいつも使っている愛用のリュックが置かれている。中身を漁れば黒インクの油性マジックが1本あった。

「これしか無いけど……何に使うの?」

「ああ、サンキュ」

キルアは左手のてのひらにナマエからは見えないように文字を書く。書き終えると満足そうな表情を浮かべ、ナマエにマジックを返した。

「これでよし」

「何を書いたの?」

「いいんだよ。目、閉じて」

「目?」

言われたままに、ナマエは瞳を閉じる。唇には温かいキルアの感触。それはナマエがキルアにした時よりも長く、温かく、唇を開く大人のキスだった。

ビスケ達が見るモニター画面には、画面いっぱいキルアの左のてのひらが映る。

【I am sure we would be kissing forever!】

黒文字で、流れるように書かれたその言葉。

「俺達ずっとキスしてっから、だってさ」

キルアの口調を真似したように言うゴンが呟くと、ぶすくれたビスケは「ごちそうさま」とぶっきら棒に呟いたのだった。

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