AOT中編 | ナノ


▼ 1.大人になれない僕たち私たち

あれ、と口に出してナマエは周囲を見渡していた。先ほどまで立てかけてあった木製の脚立が見当たらない。脚立がなければ仕事にならない。

調査兵団で毎日決まった時間に灯すシャンデリアは、団長室・食堂の2箇所。どちらも貴族の邸宅にあるようなシャンデリアと違って、真鍮製のシンプルなデザインのシャンデリアだ。団長室の方はもう灯し終えて、今は食堂のシャンデリアの下にいる所なのだけれど。

「どうした?」

困った様子で右往左往するナマエの前に現れたのは、最近よく会話をするようになったナナバだった。

「脚立が見当たらなくなってしまって」

「なんだ、そんなことか」

ナナバは颯爽とナマエの脇の下に手をいれると、抱き上げて自分の肩にナマエを乗せた。小柄とはいえ、成人女性のナマエを易々と肩車出来るのはさすが兵士といったところ。

「ナナバさん、私重いですから!」

「羽がついているみたいに軽いけどね。ほら、灯りつけるんだろ?さっさとやっちゃいな」

肩車をしたまま、ナナバはゆっくりと食堂のシャンデリアの下まで歩いて行く。

本当ならば、シャンデリアには紐がついているのでそれで降ろすことが出来る。しかし特殊な装飾がついているたりすると、破損の恐れがあって降ろすのが難しかったりもする。ナマエの仕事は、そんなシャンデリアのキャンドルに灯りを点けにくること。そしてシャンデリアに不備がないか毎日点検すること。

陽が暮れてからは、この灯りが無いと人々は本を読むこともままらならない。そんな中でナマエが生業とするシャンデリア職人は、兵団や貴族から重宝される職務だ。

「何やってんのー。楽しそうだね」

食堂のど真ん中で縦に並んだナナバとナマエを、面白そうに見上げていたのはハンジ。この時間はすでに、自室よりもシャンデリアが煌々とする食堂の方が明るい。本でも読みながら食事をしようと、脇には分厚い本も持っていた。

「見ての通り、灯りの妖精を手伝ってんだよ」

「ハンジさん、こんばんは」

ゆらゆらするナナバの肩の上で、バランスをとりながらナマエは微笑む。

「今日もご苦労様、ナマエ。でもどうしてナナバの肩の上なんだい?」

「脚立がどこかへ行ってしまって」

「あはは!リヴァイあたりがどっかに持ってっちゃったかな」

「違いないね」

呆れたようにナナバがため息をつくと、ハンジはさらに笑い声を上げた。

「リヴァイ兵長に失礼ですよ、お2人とも!」

「それもそうか。お陰で、私はこうして役得があったわけだしね」

ナナバはちらりと肩の上のナマエを見上げる。燭台の付近に装飾された鏡の角度を調節し終えているのを確認すると、またナマエの脇の下に手を入れてひょいと抱き上げた。

「終わった?」

「わ!はい、終わりました」

すとんと床の上に降ろされると、すかさずハンジはナマエの頭を撫で繰りまわした。

「あーあ。私が先に来てたら、私がナマエの脚立になれたのに」

「とんでもないですよハンジさん。次から私、脚立を二台用意してきますから」

「それよりも兵団でナマエ用の脚立を用意しておくべきだったな。どうせ毎日使うんだ。それからリヴァイ用の脚立もね」

ニヒルな笑みを浮かべてナナバは口角を上げる。

「もう、ナナバさんってば」

ナマエが困った様にナナバを見上げていると、ハンジはその小さな細い肩に腕を回した。

「それよりナマエ、夕食はまだ?食べて行ったら?」

「まだなんですけれど、これから駐屯兵さんの方にも行かないと。折角ですがまたの機会に」

「連れないねぇ。あんなトコ行かなくていいから、ずっとウチにいればいいじゃないか」

「そうだよ。行くなよ」

反対側からはナナバもナマエの肩に腕を回した。
左右から背の高い2人に肩を組まれ、遠目から見ると襲われているようにも見られかねない。

「あは。嬉しいです、そんな風に言って頂けて」

単にシャンデリアに火を灯すといっても、そこには些細であるが技術が必要になる。鏡やガラスの飾りを調整することで、灯りが広がって部屋が明るくなる。その技術が認められているようで、ナマエは嬉しかったのだ。

「ナマエのシャンデリアは評判だからね……でもナマエがいるだけで明るいから、いればいいのさ。いればね」

「そうそう!ナナバの言う通り。たまには夕食と晩酌にも付き合ってよ」

「ハンジ、あんたそれナマエをツマミに酒飲む気だろ?」

ナマエの頭の上で、ハンジとナナバは盛り上がる。

(……私、お仕事に恵まれているなぁ)

兵士をやっている人達の前では、小さな小さなナマエの仕事。それでも、その兵士達に少しの明るさを届けられるこの仕事に、ナマエは誇りを持っていた。

「じゃあ、私そろそろ行きますね。ハンジさん、ナナバさん、また明日」

2人の腕の間から抜けて、ナマエは食堂の前で頭を下げる。

「遅くなりそうだったら、駐屯兵団なんて無視して帰るんだよ」

「夜道で知らない人に声を掛けれても、着いて行っちゃあダメだからね」

わかりました、とナマエはもう一度頭を下げた。ハンジもナナバも、ナマエが見えなくなるまで見送ってくれるので、ナマエは今日も早足で兵団の門を抜けたのだった。

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