AOT中編 | ナノ


▼ ゆめの くに2

視線の先によく見知ったシルエットがあった。中折れハットのノッポと小柄な女の子。リヴァイはそれを怪訝そうに睨み、視線はそのままにスーツのポケットからスマートフォンを取り出した。

着信履歴の中にナマエの名前は必ずある。すぐに発信ボタンを押すと、睨んでいる先のナマエと思わしき女の子は案の定、スマートフォンを取り出して耳に当てた。

「リヴァイさん!どうしたんですか?」

リヴァイの耳元と、少し先の方から同時にするナマエの声。

「……オイ、どうしてケニーとデートなんて洒落込んだことしてやがる」

「へ?どうしてそれリヴァイさん……あー!リヴァイさんだー!」

ナマエはぱっと表情を明るくして、耳にあてたスマートフォンはそのままにリヴァイの方に駆け寄ってくる。そのナマエの背後からは「やれやれ」とでも言いたげなケニー。

「どうしてリヴァイさんがここにいるんですか?今日は会社の方の結婚式があるって言ってたのに」

「その結婚式がここであってたんだ。お前らは何やってんだ」

「テメェがいないからナマエと晩メシ食いに出てきてたんだ。たまには邪魔すんじゃねぇ、リヴァイ」

先日リヴァイとナマエが行ったテーマパークは「陸」と呼ばれ、今3人がいる「海」とは隣接している。「海」の方はイタリアの港町をコンセプトにした、「陸」よりは幾分か大人向けのテーマパークだ。ナマエとケニーのように夕飯だけをとりに親子で、またはカップルで、仕事帰りの散歩に、という使い方をする人も多い。

ちなみに「海」の園内にはとても豪華なホテルがある。客室からはパーク内が望めて、とても人気のホテルだ。リヴァイが出席していた結婚式は、このホテル内で行われていた。

「もう結婚式は終わったんですか?」

「ああ。これから帰る所だった」

「それならとっとと帰りやがれ。俺達はこれからここに用がある」

「何言ってるの?リヴァイさんも一緒に行くの!」

「いや、ナマエ……」

リヴァイがそう言った瞬間、ナマエはリヴァイの方に振り返り「行くんです!」と繰り返した。

ケニーとリヴァイは同時にため息を吐く。

「財布はケニーだ」

「何言ってやがる。てめぇの分はてめぇで払え」

「とか言って、ケニーはちゃんとリヴァイさんにも奢ってくれるんだよね」

ナマエが双方の顔を交互に見ながらそう言うと、2人は同時に「は」と愛想笑いを零した。

そもそもケニーはナマエの遠縁の親戚で、育ての親だ。リヴァイにとってはもちろん叔父にあたる。色々すったもんだの事情があったりなかったりしたが、とりあえず現状はケニーとナマエは共に暮らし、リヴァイは近くのマンションで一人暮らしをしている。ちなみにリヴァイの母であるクシェルも、3人の住むマンションから近い場所で暮らしている。

「リヴァイさん、ケニーに会うの久しぶりじゃないです?」

「そうしょっちゅう顔を合わせる必要もねぇだろう」

「リヴァイ……お前、ウチでナマエがいつも何話してるか知ってるか?」

ん?とリヴァイはケニーを見上げる。隣でナマエは「やめてよ!」とケニーを睨んでいるが。

「ウチの中でも口を開けばリヴァイリヴァイリヴァイ!俺ァ、毎日お前と会ってる気分になるぜ……リヴァイ」

今度はリヴァイがナマエを睨む。

「ナマエよ……」

「だ、だって!」

「だってもクソもあるか」

リヴァイの眉間の皺が一層濃くなる。お説教モード3秒前だ。ナマエは苦し紛れに周囲を見回した。ちょうどホテルから出て、「海」のエントランスに出たところ。入口を彩るモニュメントの周りには、テーマパークグッツを売るワゴンが溢れている。ナマエは逃げるようにそのワゴンに駆け寄り、テーマパークキャラクターを模した耳のカチューシャを3つ買いこんだ。

「これ!みんなでつけよ!」

同時にリヴァイとケニーは固まる。

「はい、リヴァイさん。ケニーも!あ、帽子の上からつければいいんじゃない?」

「俺の自慢のハットが台無しだぜ……」

「そう言ってノリ気じゃねぇか、ケニー」

リヴァイもしぶしぶカチューシャをつける。スーツにカチューシャ。恐ろしくミスマッチ。

お揃いの耳カチューシャをつけた3人は園内を進む。陽はもう暮れかけてきて、ぽつぽつと白熱の外灯が園内に灯り始めている。イタリアをイメージした「海」は、園内中央に大きな運河も通っている。水面に映る橙色はそれだけで雰囲気満点だ。

「晩メシはどこで食うんだ?」

「予約はしてこなかったんです。ケニーと2人だと思ったから、ビール飲みながら食べ歩きでもいいかなーって」

どういう意味だ、とケニーはナマエを睨む。しかしナマエはすでにスマートフォンのアプリを開き、園内の様子を考察していた。

「でもまだ少し食事の時間には早いですし……何か1つくらいアトラクション乗りません?せっかく来たんだし」

「すぐ乗れそうなモンがあるのか?」

「はい!ちょうど人気の火山列車がすぐ乗れそうです!」

火山列車とは。
園内中央にそびえる火山……もちろんレプリカだが、その中を走るジェットコースターのことだ。外からは中を見る事は出来ず、コースターは火山の中、地中を探検するような作りになっている。しかしジェットコースターは得てして2人並びのものなので。

「俺がお前ら2人を後ろから見るってことだろ?クソが」

自然な流れでリヴァイとナマエ、そして後ろにケニーが乗り込むといった図式が出来上がる。

「何を言ってるケニー。こんなのガキの頃から慣れたモンじゃねぇか」

「あはは!ケニー1人で心細い?」

「ふざけろ。誰に向かって言ってやがる、ナマエ」

ケニーがそう怒鳴った時、ちょうどアトラクションキャストがベルトの点検を終え、「それでは出発しまーす!」と高らかな声を上げる。ナマエはもう何度もこのアトラクションに乗った事はあるのだが、隣のリヴァイの手をしっかりと握った。

アトラクション内は轟音と共にコースターが進んでいく。普通のコースターと違うのは、その景色の作り込みが細かい所。本当に地中を探検しているような気分になれる、水晶の山や溶岩、果ては巨大なモンスターなども潜んでいる。ケニーはいちいち「おお!」だとか「なんだこりゃ!」とツッコミを入れていた。リヴァイとナマエはケニーがそんな声を上げる度、こっそり目を見合わせて微笑んだ。

火山列車を降りると、ケニーはやけに上機嫌だった。

「コイツぁ、悪くねぇな!」

「思いっきり楽しんでたじゃねぇか」

「ケニー、意外と陸の方に行っても楽しめそうだね」

ナマエがくすくすと笑いながら言うと、リヴァイはケニーに聞こえないように「今度連れて行ってやれ」と呟く。

「あは。考えておきます」

わざとらしく、目を細めるナマエ。しかしそうは言っても、近いうちにナマエはケニーを誘うんだろうな、とリヴァイは思った。

アトラクションを終え、3人は園内を周遊する船に乗って目的のレストランへと向かう。入口から向かって裏手のエリアは、イタリアを模した風景とはまた違った雰囲気だ。

今夜ナマエが選んだレストランは、ジャングルの中の秘密基地のようなレストラン。探検隊の荷物などがオブジェとして飾られていて、レストラン中央ではラテンバンドの生演奏を見ながら食事が出来る。ケニーとリヴァイはビールを、ナマエはノンアルコールカクテルを注文し、料理はスモークチキンやサーモンをチョイスした。

「3人でご飯食べるの久しぶりだね」

「どっかのボウヤが俺のことを仲間外れにしたがるからなぁ……」

ケニーのぼやきにリヴァイは反応しなかった。彼にとって、少し面倒な話しの流れだ。

前世の記憶はケニーにもあった。壁に囲まれたあの世界でも、ケニーはナマエの育ての親で、今世でもそれは変わらない。違う所と言えば、今世では前世よりもずっとケニーがナマエを可愛がっているということ。

もちろん甥であるリヴァイも、ケニーにとっては可愛い存在に違いない。が、それ故にお父さんの心境としては2人が恋仲であるのがとても複雑なのだ。

「……いい加減諦めろケニー。どうしたって、俺とナマエの関係は変わらねぇよ」

「俺はそんな風にナマエを育てたつもりはねェよ……」

少し哀愁を背負ったケニーは猫背気味にビールを覗き込んでいた。彼の背後では陽気なラテンのリズムが音色を奏でる。二の腕にカラフルなフリルを纏った演者達が、そんなケニーに手を振っていた。

「ねぇケニー」

「あぁ?なんだナマエ」

「私、リヴァイさんのマンションで暮らしたい」

ちょうどビールを傾けていたケニーは、お約束のようにそれを吹き出した。

「オイ、汚ないじゃねぇか」

「ふざけるんじゃねぇ!お前、自分がいくつかわかってんのか?」

「もうすぐ20歳だよ。バイトも慣れてきたし、ちゃんと学業と両立しながら自分で生活費も出せるよ。家賃もリヴァイさんに渡すし」

「家賃と光熱費は必要ねぇと言っているだろう。俺が生活費を出してやるから、お前はその中から食費なんかのやりくりをすりゃあいい」

でも、と口ごもるナマエの隣でケニーはリヴァイを睨む。今のリヴァイの口調からいくと、2人はこの話題を頻繁にしているということだ。しかもリヴァイの提示しているそれは、どこぞの夫が嫁に言うようなことではないか。

「ダメだダメだダメだ!何言ってやがるてめぇら!オイナマエ、俺は結婚するまでは同棲なんてのは許可してやらねぇからな!」

「えぇー、でも同棲期間って大事じゃない?」

「ああ。生活の基盤の擦り合わせは重要な作業だ。それにどの道結婚はする。腹を括れ、ケニー」

唖然とするケニーをよそに、リヴァイは今日出席した結婚式の話題を持ち出した。ナマエの大好きなテーマパーク「海」のホテルであった結婚式。ここで式を挙げるのも悪くないんじゃないか?と提案すれば、ナマエは目を輝かせてその話題に食いついた。

プロポーズは前に言った所でしてくださいね、指輪は一緒に買いに行きたい派です、ドレスはフワフワだけどシンプルなのがいいな……そんな事が淀みなく口から出て来るナマエ。しかしナマエのテンションが上がっていくのとは裏腹に、ケニーのテンションはどんどん下がっていく。

さすがのリヴァイもケニーを気遣ったのか。

「ケニー」

「なんだ、チビ」

「忘れちゃいねぇか。結婚式っつーのは、父親にも役目がある……バージンロードだ」

一瞬目を見開き、ケニーはかぶっていたままの中折れハットを脱いでテーブルの端に置いた。そして3杯目のビールを一気に飲み干してから「堪らねぇ」と呟く。

「ねぇ、もう今これって私とリヴァイさんの結婚式の話しを進めてます?」

「違う。こういうのが心の準備っつーんだ、ナマエよ」

「へぇ……?」

ナマエが勢いで口をついた同棲の話題は流れてしまった。しかし依然として元気が無いケニーを見ると、ナマエもそれ以上口にしてはいけないような気がしてしまう。

レストランを出ると、ケニーは「そろそろ帰るぞ」と言って先を歩き始める。その背中には、矢張り哀愁。リヴァイも困った様に肩をすくめると、ナマエの手を引こうとした。

(折角久しぶりの3人で食事だったのに……)

なんだか寂しい空気のまま締め括られてしまいそうだ。しかしその時、ナマエは思い立った。

「!……リヴァイさん、ケニー、ちょっと待ってて!」

「オイ、ナマエ」

急に手を振り払われたリヴァイは、何事かとナマエを睨む。

「すぐ戻って来ます!2人で待ってて」

くるりと背を向けて、足早に目的のショップへと向かうナマエ。ちょうど食事を摂ったレストランからは遠くない場所だ。目的の物はすぐに見つかり、素早く会計を済ませると、また足早に2人の待つ場所へと戻った。

「また余計なモン買ってきたがったな。散らかるだろうが!」

ナマエが今しがた購入した、両手にすっぽりと収まるサイズのクマのぬいぐるみ。それはこの「海」の中でしか売られていない限定のテディベアなのだ。

「違うよケニー。これはケニーにプレゼントするために買ってきたの。はい」

クマの脇に手を入れ、ナマエは持ち上げるようにしてケニーにそれを突き出した。なんとも和やかな表情のクマは、ふわふわとケニーを見つめていて。

「どういうつもりだ……?」

「そのクマを抱いて園内を歩くのは一種のステータスだ、ケニー。黙って貰っときゃいい」

怪訝そうに眉を顰め、ケニーは片手でそのクマを抱く。

「ね?可愛いでしょ?」

「俺にそんな感情があると思うのか?ナマエ」

「あるよー!私の事も、本当は可愛いって思ってるくせに」

「はっ!言ってろクソガキ!」

中折れハットに耳付カチューシャ、長いトレンチコートを着たケニー。片方にはクマを、もう片方にはナマエをくっつけて、夜の灯りに包まれた園内を歩いて行く。レストランで寂しくなった空気は、もうそこにはなかった。

リヴァイはそんな2人の後ろ姿を、柔らかな表情で見守る。

いつかバージンロードの先に立つ時も、こんな2人を見る事になるのだろうと思いを馳せながら。


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