AOT中編 | ナノ


▼ ゆめの くに

世界は残酷だった。

三重の壁に囲まれた国、巨人の存在、果てのない戦い───運命に翻弄されながらも彼等は確かに、生きていた。

しかし時は平成。

調査兵団兵士長とその補佐官だった2人は今、日本で一番人気と言っても過言ではない夢のテーマパークのエントランスに立っている。

ナマエの首にはテーマパークチケットを入れるホルダーケース、リヴァイの首にはナマエが持参したポップコーンのバケットホルダー。お揃いで着ているTシャツは先日ファストファッション店にて購入したものだ。テーマパークキャラクターがワンポイントでついており、男性のリヴァイでも着易いもの。足元も色違いのスニーカー。歩きやすさは重要である。

満は期した。

「出陣です、リヴァイ兵長!」

「何度も言うが兵長はやめろ」

言うまでもない人混みはリヴァイの一等嫌うとする所。しかしナマエはこのテーマパークが大好きで、同級生のミカサやサシャやアニ、ユミルやクリスタといった、今世でも示し合わせたかのようなメンバーでいつも遊びに来ているらしい。その様子を見て、今回リヴァイから「行くか」と提案してくれたのだ。

「気合いが入っちゃうとつい兵長って言っちゃうんですよね……」

「構わんが……人が聞いたら何事かと思われるだろうが」

「あはは!確かに。それよりハイ!リヴァイさんのチケット貸してください」

「あ?」

早速何かアトラクションに向かうか……とリヴァイは入園ゲートで手にとったマップを開いたところだ。リヴァイからチケットを奪い取ると、ナマエはスマートフォンのアプリを開いた。

「ここのテーマパーク、スマホは必需品です。まずは目ぼしいショーの抽選をこのアプリで行います。それからアトラクションの空き時間を見て、今日の混み具合を確認。どれに乗るか、どのショーを見るか、順序良く段取りを決めましょう。昼食は私が予約していますから、その時間に予定は入れられません」

その口調はまるで、補佐官時代の機敏で無駄の無い兵士そのものだった。

「……とりあえず任せる」

「はい!お任せください!」

「敬礼はしなくていい」

一瞬だけ心臓を捧げたナマエは、すぐに手元のスマートフォンに視線を移した。リヴァイからすれば何をしているか皆目見当もつかない。どうやら、テーマパークの専用アプリケーションがあるらしく、それでショーの座席が事前予約できたり、アトラクションの待ち時間が確認できたりするらしいのだ。

「あ!午後のショーは当たりました!ちなみに私のカンだと……今日は空いてます!メインのジェットコースターは全部回りましょう!」

「ああ……好きなとこに行け」

少しだけリヴァイの方が年上のせいもあってか、いつもはリヴァイがエスコートすることの方が多い。食事の予約、デートの行先、街歩きショッピング。しかし今日は全くの逆だ。ナマエの得意とする場所で、リヴァイと初めてのデート。いつもよりずっとナマエの気合いも入る。

「リヴァイ兵長早くー!早くしないと、アトラクションの優先搭乗チケットの発券時間に間に合いませんー!」

「しょうがねぇな……」

今にも駆け出して行きそうなナマエを捕まえるために、リヴァイはそっと右手を差し出した。指先を絡めてぎゅっと握ると、ナマエはくしゃりと嬉しそうに笑う。

「えらくご機嫌だな」

「ご機嫌にもなりますよぅ。リヴァイさんが一緒にここに来てくれるなんて夢みたい」

「もっと早く言えばよかっただろうが。そりゃあ、あの女子共と同じペースはごめんだが、たまになら付き合ってやる」

表情はいつもの仏頂面のリヴァイだ。けれどこの表情のリヴァイと、行動の優しさとのギャップに、ナマエはいつまでもドキドキしてしまう。

「昔からそうですよね……リヴァイ兵長って。他の人には絶対そんなに優しくしないで下さいよ?今度はもう、絶対絶対ずーっと、リヴァイ兵長は私だけのものでいて下さい」

この「昔」は前世のことだ。
記憶が戻ってから度々、ナマエはあの壁の世界で過ごした時のことを「昔」と呼称する。

「は……お前、そっくりそのまま言い返してやるよ」

「昔」のことを口にする度、きゅうと切ない気持ちに襲われる。リヴァイもナマエも、少しだけお互いの体温が恋しくなった。しかし───

「あ!」

「あぁ?」

「あれ!今めっちゃ空いてます!カレーライス味のポップコーン!いつも長打の列なんですよ?!」

「今からそれを食うのか?」

「そのリヴァイさんが首からかけてるやつに詰めてもらうんです。ほら、行きましょう!」

リヴァイを引っ張って、ナマエは軽快に歩き始める。

(……まぁ、悪くないか)

朝からカレーライス味は重たいけれども。

テーマパークキャラクターを模したバケットの中には、ほかほかあつあつ、カレーの香り漂うポップコーンがいっぱい詰められた。

「この間サシャと来た時は、1日で園内のポップコーン全種類制覇したんですよ!」

「何種類あるってんだ、そりゃ」

「えーっと……今は全部で8種類?」

「この量を2人で8杯食っただと……?」

「もーお腹ぱんっぱんになっちゃって!でも結局、あそこに売ってるチキンと……あとドーナツとアイスも食べたんです。夕飯にはピザも」

食べれない、もう無理などと言いながらも、小遣いの限りが尽きるまで、買い食いをする2人の様子は容易に想像がつく。

「俺はそんなに食えねぇぞ」

「とか言って!食べれちゃうのがここの不思議!」

はい、とナマエは除菌アルコールウェットティッシュを取りだしてリヴァイに手渡した。リヴァイがふとバケットの中を見ると、中身はすっかり空っぽだ。

「……他に何味がある」

「ミルクティー味おすすめです!塩味と混ぜて食べるとまた美味しいんですよー!」

「ほぅ……これを降りたら買いに行くか」

視線を前に移すと、並んでいたアトラクションの列は気付けば随分進んでいた。ポップコーンをつまみつつ、お喋りを楽しんでいると待っている時間なんてあっという間だ。

2人が今並んでいるのはスプラッター・マウンテンというアトラクションだ。丸太を模したボートに乗り込み、水流に乗って滝壺目掛けて落下するというもの。

前世の記憶が染みついているのか、リヴァイやナマエだけでなく、立体起動装置を使っていたメンバーは皆、縦のGにも横のGにも驚くほど強い。アトラクションの最後、ボートが落下していく途中にカメラがあるのだが、2人ともちゃっかりキメ顔を披露した。

「わぁ!よく撮れてますよー!」

ボートを降りた所で写真は確認出来る。1枚1000円。思い出はプライスレス。

「折角だ。買って行くか」

「久々ですよね!こんなに強い風に煽られてるお互いの顔を見るのって」

「……そうだな」

立体起動で飛び回る瞬間を彷彿とさせる、そのGのかかり方。日常生活を送っていただけでは通常お目にかかれない。

「どうでもいいが。その写真、エルヴィンだけには絶対見せるんじゃねぇぞ」

「あー……はい。ふふ」

出来上がった写真を見て、くつくつと笑うナマエ。写真のポーズは事前に打ち合わせしたわけではなかったのだが、2人とも「総員展開!」のエルヴィンもポーズを真似ていたのだ。

買った写真を大切に仕舞い込み、2人はそれからいくつかのアトラクションを回った。定番のメリーゴーランド、園内をぐるりと走る汽車ぽっぽ。またジェットコースター。

そして、そろそろ時刻は昼食時となった時。

「じゃあ、移動しましょうか」

そう言ってナマエは退園ゲートに向かって歩き始める。

「……中で食わねぇのか?」

「はい!今日はせっかくリヴァイさんとデートだったので……頑張って予約取ったんです!ファンタジーホテルのキャラクターレストラン!」

それはテーマパークに隣接する系列ホテル内にある人気レストランだ。各客席までキャラクターが挨拶しに来てくれて、一緒に写真も撮れるというもの。

「俺があそこに行くのか?」

存在だけは知っていたらしいリヴァイ。

「行くんですよー!そうそう、聞きました?この間オルオさんがペトラさんを、そこのレストランにデートに誘って行ってきたらしいんです」

「あ?初耳だな。つーかお前、いつの間にあいつらとそんなに密な連絡をとってやがる……」

「通話アプリでとあるグループがあるんですよ……それよりですね、オルオさんだけじゃ心配だからって、エルドさんとグンタさん、こっそり尾行したんですって!」

「そりゃすぐペトラが気付くだろう」

「そうなんです!それで結局、4人でご飯食べて、キャラクターと写真撮って帰ってきたって。リヴァイさんだけ仲間はずれにしてしまったみたいでなんだか申し訳ないって言ってたから、リヴァイさんは私が連れて行きますって言っておきました」

「なんつうフォローだ」

「あはは!でも今度はペトラさん達も一緒に……あ、エレンも誘ってみんなで来ましょう!その時の練習ですね、今日は」

「練習も何もいらねぇだろうが」

やれやれ、と笑うリヴァイにナマエは真顔で首を横に振る。

「練習がいらないと思ってますか……?キャラクターレストランに大切なのは慣れ!これに尽きます。慣れてないと100%を楽しめません」

「あぁ……?」

「席に来てくれるキャラクターはお友達です!ジャスチャーの中での会話を楽しみ、数分間の時間を共有して、その延長線での記念写真を撮る!のです。このプロセスがあるのとないのとでは、1枚の写真への重みが違います」

「オイオイ、お前は何言ってやがる……」

さすがのリヴァイも若干引き気味だ。しかしナマエがこのレストランに対して熱いパッションを抱くのは、今まで一緒に来ていたメンバーにも起因している。なぜかここへ来ると時は、ミカサ、アニ、アルミンといった、ナマエ以外はキャラクターを前にしてしまうと押し黙ってしまうメンバーばかりが集まるのだ。そのくせ、全員キャラクターは好きな様子。ナマエはみんなとキャラクターを楽しく絡ませようと、あの手この手で会話を広げ、楽しい時間を作りだすのだ。

(今日もリヴァイ兵長とキャラクター達を……!)

そう意気込んで席に着いたはいいものの、キャラクターが来た瞬間───

「よぅ、久しぶりだな。調子はどうだ」

リヴァイが(顔色一つ変えず)空気を読んで放った挨拶に、ここ数日で一番の大笑いをしてしまうことになった。

***

昼食を終えた2人はポップコーンのおかわりをして、抽選で当たったショーがはじまるのを待っていた。昼食時に撮った写真をデジタルカメラで確認しながら、ナマエはくつくつと笑い声を上げる。

「あーもう、本当に楽しかった。リヴァイさんがあんなに順応力高いなんて思ってもみませんでした」

「馬鹿言え。俺はもともとメルヘンだ」

「そんなわけないでしょう」

更に笑い声を大きくするナマエ。と、その時。ショーの始まりのアナウンスが響く。

リヴァイが今言った通りの「メルヘン」なイントロが流れ、ステージ上には先ほど昼食時に写真を撮ったキャラクター達がダンスを始めた。

「奴め、今日も悪くない動きをしやがる」

「これ見るの初めてでしょう?」

昼食時のノリが抜けてないのか新手の冗談なのか。ナマエに耳打ちするリヴァイはどこか得意げだ。

ステージは絵具のパレットをひっくり返したかのような、カラフルな世界が広がる。キャラクター達のダンスも、シンガーがその場でマイクを持って披露する歌も。どれもキラキラと輝いて見えた。

「ああ……悪くないな」

途中まで冗談を零していたリヴァイの瞳が、ふと真剣にステージに向かっていた。

(きっと今、頭の中空っぽになってるんだろうなぁ)

綺麗すぎる世界に触れると、理屈やプライドも通りこして思考は真っ白になる。

ぼんやりと視界に広がるのは、ただただ夢とか希望とか、そんなものが詰め込まれた眩しいステージ。いいじゃないかたまには。世界はきっと、美しい。

大喝采の拍手が響く。ちらほらと席を立つ人が出始めた頃、ナマエは「集中していましたね?」とリヴァイの顔を覗き込んだ。

「そうだな。奴ら、割に動くようだ」

まだキャラクターのことを言っているらしい。

「でしょ?絶対また一緒に観ましょうね!」

2人も立ち上がると、ショーの会場を出たところで。

「さて次は……と」

ナマエは次の予定を見る為スマートフォンを取り出したのだが、リヴァイはそっとカバンに仕舞わせた。

「え?これがないと次……」

不思議そうにリヴァイを見上げるナマエに、リヴァイは黙って首を横に振る。

「次は土産でも見る。それが終わったら退園だ」

「今日は夜まで……いられるんじゃ」

「さっきのホテルのチェックイン時間になるからな。先にホテルに行く」

驚きが過ぎて、ナマエはぽかんと口を開く。先ほど昼食に立ち寄ったホテル、最低でもナマエの2カ月のアルバイト代が軽く飛んでいくような宿泊価格なのだ。

「夜のショーとやらが、その部屋からは見えるそうだ。わざわざ長い時間、園内で待つ必要もねぇだろうが」

「予約……しておいてくれたんですか?予約取るの、すっごく難しいのに……私の、ために?」

「ついでに、ケニーの野郎には俺から連絡しておいた。外泊許可はある」

「うそ!」

今世でもリヴァイはケニーの甥っ子だが、なぜか現在、色々あってナマエがケニーと暮らしている。ほぼ親代わりのようなもので、例えそれがリヴァイであっても、ナマエの外泊許可は下りた試しがない。

「あの、ありがとうございます。でも、ちょっと……驚くポイントが多すぎて……お土産見ても買えなさそうなんですけど」

「あぁ?お前、この間ヒストリアがユミルの奴に買ってもらったとかいう、ガラスのなんとか言う靴が欲しいんだろうが。買いに行くぞ」

「ちょ、それ誰から聞いたんですか!」

「俺の情報網をなめるな。ついでにホテルはスイートだ。化粧水の類は部屋についてるが、服の替えはねぇ。たまには買ってやるから好きなのを選べ」

ほら、とリヴァイは手を差し出した。

今日は1日、ナマエがリヴァイを楽しませるため、エスコートしてきたと思っていた。しかしやっぱり相手はリヴァイ。美味しい所は全部持って行く。申し分ないほどの───

「ほんと、王子様みたい」

ぽそっ、と小さな声で独りごちるナマエ。なんだ?とリヴァイは一瞬だけ振り返る。

「あとリヴァイさん……一つ言っておきたいんですけれど」

「なんだ」

「ガラスの靴は今日じゃイヤです。あれはプロポーズにとって置いて下さい。ユミルはそれ持って、ヒストリアにプロポーズしたんですよ。この間」

いくつかの疑問符がリヴァイの頭の上に浮かぶ。ツッコミ所は多々あるが、敢えて総スルーを決め込み「めでてぇ奴らめ」と悪態をついた。

「めでたくもなりますよ。だって幸せですもん!今!」

満面の笑みでナマエはリヴァイを見上げる。同じくらい顔から筋肉の力を抜いたリヴァイは「それもそうだな」と呟いた。

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