AOT中編 | ナノ


▼ 3.実は全員片思い

寝不足の朝の日差しほど恨めしいものはない。次いで雪解けにはまだ遠く、視界は白い。食堂までの道のりを目を細めて歩く。

「ナマエー!」

声と同時にうなじにストレートが決まった。その素早さたるや、さすが調査兵である。ナマエはニファに向かって憂鬱な表情を向ける。

「昨日兵長の部屋に泊まってたって本当?何?ついにヤっちゃったの?」

「ヤっ……!」

厳密にいえば最後までは致してはいないのだ。けれどナマエは半分くらい服を脱がされたし、あんなことそんなことくらいはしてしまった。彼はおそらくじゃれついている感覚だったのだろうけれど、まったく男性に免疫のないナマエからすると許容範囲を超えている。

「流されてるんじゃないわよ!ハンジさんのことは?!」

怒り顔のニファに反論する元気もない。
そして情けないのが、許容範囲を越えながらもそれらが嫌ではなかった自分自身だ。ニファの言う通り、リヴァイの空気に流されている。
これはまったく誠実じゃない。

このままでは遠からず、最後の一線まで超えてしまうだろう。その前になんとしてでもリヴァイと別れるべきである。

*

その日の午後はハンジの随行の予定が入った。
ウォールシーナ領地で行われる兵団関係者向けの巨人の研究発表会なるもので、本来ならばモブリットが副官として付き従うところ、彼は遅れてきたおたふく風邪だとかなんとかで、ナマエにお鉢が回ってきたというわけだ。

他兵団が多く参加する発表会で、ハンジは整然と自分のこれまでの研究結果を説明してみせた。もちろん、まだわからないことの方が多い巨人の生態。しかしそんな中でも、ハンジは次回の壁外調査では巨人捕獲の予定や、またその捕獲装置のアイデアがあることも披露した。
普段の声色とはまったく違う。
挨拶や、気軽にナマエの名を呼ぶときとは違い、敵に対峙しているような冷たさでハンジは語る。

そんなハンジに見惚れながらも、ナマエは書記としての役割も忘れない。モブリット直伝の速筆で、ハンジの言うことを何一つ漏らすまいと手を動かした。

帰路の馬車内では、もちろんふたりきりだった。

「久しぶりにナマエから熱視線もらっちゃったなぁ」

「発表の時のハンジさん、とても素敵でしたから。班のみんなにも見せたかったです」

「褒めすぎだって。リヴァイに怒られちゃうじゃないか」

言葉に詰まる。
しかし同時に、ナマエの中でひとつの考えがよぎった。ハンジはナマエの直接の上司だ。そのハンジに対してすべてを打ち明ける。この際ナマエはハンジのことが好きなことも言ってしまう。気持ちがばれてしまうが一旦全部置いておいて、今一番問題なのはリヴァイがナマエの気持ちを勘違いしてしまっていることだ。だからハンジに頼んでその誤解を解いてもらう。ナマエが言ったのでは流されてしまう。しかしハンジが、さっきみたいな真面目なトーンで言えばさすがに聞いてくれるのではないか。

(よし、これしかない!)

そう思うと善は急げ。

「私が好きなのはハンジさんなんです!」

「え?あなた結構あばずれだな」

違うんです。最初から間違えていたのです。ハンジさんもあの時酔っていたでしょう。ナマエはひとつひとつをさかのぼり、丁寧に最初から説明した。本当はハンジに告白しようとして、中にいたのがリヴァイだったことから。

「そ、そうか。でもそれなら早くリヴァイの誤解を解かないとまずいことになるな」

「そうなんです。わ、私もう……兵長になんて顔向けしていいか……」

「あなたの私に対しての気持ちは、また色々片付いてから答えることにするよ。それでいいね?」

じんわりとナマエの目に涙が浮かぶ。普段は色んな人に奇行種だなんだと言われているが、こんな風に頼れるところが大好きだった。

調査兵団本部に到着して早々、ふたりはリヴァイの執務室に向かう。真面目モードなハンジが率先して話を進めてくれるはずだ。これでリヴァイへの誤解も解けるだろう。

(ほっとしるはずなのに。なんだか少し、胸が痛い)

罪悪感の痛みだろうかとナマエは思う。リヴァイには、申し訳ないことをしてしまった。

「リヴァイ、入るよ!」

「クソメガネノックを……ああ、ナマエも一緒なのか」

ナマエの姿を見つけるなり、リヴァイは立ち上がり紅茶の準備をしようとする。そんな姿に深いため息を吐きつつ、ハンジは切り出した。

「私たちはリヴァイの部屋にお茶しにきたわけじゃないんだ」

「お前の班が俺に話なんざ、ロクな話じゃねぇだろう。手短に済ませろ」

「班は関係ないよ。ナマエのことだ。あのねリヴァイ、落ち着いて聞いて欲しい。ナマエが本当に好きなのは……私なんだ。ナマエはあの日、私に告白するつもりだったらしい」

ナマエも口を開きかけた。頭を下げて誠心誠意謝る。それしかない。しかし。

「あ?そんなわけがねぇだろう」

リヴァイはきっぱりと言い切った。切れ味の良い刃と同じくらい、スパっとした口調だった。

「いや、違わない!な、なぁナマエ?そうだよな?」

「そうなんです兵長、私は本当にハンジさんが」

「それは偽りだ」

人類最強は振りかざした刃を鞘に納めることはしないらしい。まったく揺るがない調子に、ハンジとナマエの方が困惑してしまった。

「過ぎてしまったことが真実と証明する方法があるのか?」

「ん?んん?難しい問題だね。確かに真実と証明するに足る証拠が必要だ。例えば日記とか」

「だろう」

(ハンジさんー!流されてますハンジさんー!)

ナマエは恐怖を覚えた。リヴァイはハンジの流し方まで心得ている。

「この話はこれで終いだ。俺とナマエは今現在、つき合っている。これが真実で、それ以外は大した問題じゃねぇ」

「そう言われるとそれで良い気がしてきたよ」

「ああ。ナマエだけ置いてとっとと帰れ」

「そうしようかな。研究発表会の資料のまとめもやりたいし」

じゃあごめんよナマエ、なんて軽い調子でハンジは手を振りながら部屋を出て行く。ナマエはというと、がっしりとリヴァイに肩を掴まれていた。

「フラれちまったな、ナマエ」

「ハンジさんが一番好きなのは巨人だって知ってますから……」

リヴァイのてのひらに力がこもる。痛くはないけれど、絶対的な力の強さでナマエはソファへと押し倒された。

「今の俺たちを確認し合おうじゃねぇか。なぁ?」

ぼんやりとナマエは思う。
リヴァイは本当は最初から、ナマエの勘違いに気づいていたのではないかと。


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