ティーポットフィッシュ | ナノ


▼ 2.気配で動け

ヒストリアは育った孤児院から程近い、アパートメントの六階で暮らしている。彼女を引き取ったロッド・レイスは孤児院にも多く寄付金を納めている人格者で、アパートメントの裏手にあるプール付きの豪邸で暮らす富豪だ。

彼女と姉のフリーダが大学生になったことから、ロッドはレイス家所有のアパートに二人の部屋を用意し、ヒストリアはフリーダと二人暮らしをしている。

「うちの近くにも路面電車が走ってたでしょ?そこから繋がってるから、電車に乗ってよくこの辺にはきてたの」

便利な大通りには、歩く速度よりも少し速い程度の電車が鈴のような音をたて、周囲には新聞や花やパンを売るワゴンで溢れている。新聞の入ったカゴが置かれたテーブルは、なぜかいつも赤のギンガムチェックのテーブルクロスがかかっていた。

「……人が多いな」

「便利な場所だからね」

リヴァイは慎重に車を走らせて、路地裏へと入る。路面電車の通るパーキングメーターに車を着けてもいいと思ったが、少し人目に付きすぎるような気がしたのだ。

路地裏の空き地になっている場所に車を入れると、リヴァイはじっと動かなくなった。

「どうしたの」

「念には念を、だ」

そう言うと、トランクから見慣れぬハードボックスを取り出した。ゴールドの金具に持ち手がついているもので、ぱっと見ただけでは管楽器が入っているように見える。フルートやトロンボーンのような。

「今から私の友達の家に行くんでしょ?」

「少し様子を見てからにする」

リヴァイはブランケットを小脇に挟み、ハードボックス片手にナマエを手招いた。ヒストリアのアパートメントの、はす向かいのビルの屋上へと向かう。屋上は施錠されていたが、リヴァイにはなんら問題はない。

「普通、数人で目標を尾ける時は両斜め後方から見張るもんだが。今日はここがベストだな」

「ヒストリアの家に何かあるの?」

「カンだ」

無機質なコンクリートの上にブランケットを投げだすと、リヴァイはその上に腹ばいになる。ナマエも同じように横に並んだ。

ハードボックスから取り出されるのはM16自動小銃ライフルで、いわゆるスナイパー銃。リヴァイは数分もかからずに手早く組み立てる。

ライフルを立てて置くためのバイポッド 二脚 とスコープを取り付けると、スコープを望遠鏡代わりに覗き込んだ。

「何が見える?」

ナマエが尋ねると、リヴァイは体をずらしてナマエにスコープを譲った。ナマエから見ると、なんの変哲もない街中の風景が見える。ヒストリアのアパートメント、路面電車、行き交う人。

「アパートの入口に男が立っているのがわかるか」

「え……?」

リヴァイに言われてよく見てみると、一人は入口の東側に、もう一人は西側に立っている。東側の男は黒のブルゾンを着込んで煙草を吸っていて、西側の男はコートでコーヒーを飲んでいた。

「よく見ているとたまに目配せしてやがる。兄弟には見えねぇし、お友達って感じでもねぇ。ゲイのカップルにも職場の上司と部下にも見えねぇ」

「どういうこと」

「そういう奴らは大抵警察か……何かの組織に属する奴か、だ。ここからヒストリアの家の中は見えるか?」

「確かこっち側の部屋だったと思うけど。窓は全部カーテンがかかってる」

リヴァイは小さく「よし」と呟くと、マガジン弾倉の弾を詰め直した。入口の男らを撃つつもりなのだと気付いて、ナマエは身構える。

「殺しやしねぇ。催眠弾が入ってる。即効性のな」

あからさまにほっとした様子を見せたナマエに、リヴァイはわずかに口角を上げた。

実弾ではないとはいえ、リヴァイがスコープを覗きながら引き金に手をかけると、ナマエは彼の横顔から目が離せなくなる。スイッチが入る瞬間だ。初めてナマエの前に現れた時と同じ、薄く開いた瞳から覗くグレーが夜を切り裂くようにまたたいた。周囲の温度が急に下がる緊張感。

照準を合わせて、一発。ずらして再び、二発目。

消音機サプレッサーを取り付けているので、音らしい音は響かない。空砲が鳴ったと思った瞬間に東側の男から倒れ、急なことに動揺してコーヒーを落っことした西側の男も倒れた。

「行くぞ。少し急ぐ」

「わかった」

ライフル一式はその場に置いたまま、リヴァイはナマエの手を引いて走り出す。二人がアパートメントの入口に着いた時には、倒れた二人の男が数人の通行人に介抱されていた。

一般的な造りのアパートメントだ。中は絨毯敷きで、螺旋階段になっている。

リヴァイは一歩中に入ると、振り返り、ナマエに向かって人差し指を立てて見せた。

(静かに)

視線でそう語っていたので、ナマエも頷く。リヴァイのカンはどうやら当たっているようだ。

柔らかな絨毯生地が二人の足音を包んだけれど、ナマエは慎重にリヴァイのあとについて階段を上がってゆく。ヒストリアの部屋は六階。リヴァイは五階に着くと立ち止まり、スマートフォンを取り出した。

『部屋はこの上だな?』

スマートフォンに打ち込まれた文字を見て、ナマエは頷く。

するとリヴァイはナマエに手すりから離れておくようにジェスチャーし、自身は手すりから身を乗り出した。そっと、上の階の様子を伺う。そして身を乗り出したまま、片手で腰に忍ばせていた回転式拳銃スミス&ウェッソン686を取り出した。一発ずつ発砲するアンティークなリボルバーは引き金に安全装置がついている。リヴァイはそれを、わざと鳴らした。

カチャリ

音が鳴った瞬間、一階上の六階から人が身を乗り出してきた。太った大男だ。銃の音だと気付いた男はいささか焦った様子で、ネクタイを垂らしながら下を伺っている。リヴァイは気配を殺して、垂れさがったネクタイを引っ張った。

そこからは一瞬で片がつく。ネクタイ一本でナマエ達のいたフロアに引っ張り込まれた男はすぐにリヴァイに組み敷かれ、声を出す前に絞め落とされた。

リヴァイは再び、ナマエに向かって人差し指を立てる。ナマエは自分の口を両手でふさぎ、激しく頷いた。

ヒストリアの家の前の見張りは、リヴァイが五階から引っ張り下した大男一人だけだったようで、六階に上がると人の気配はなかった。リヴァイは再び、スマートフォンを開く。

『元気よく、遊びにきた友達のふりをしてインターフォンを押せ』

打ち出された文字に、ナマエは眉をひそめた。

『無理。怖い』

『俺が背後についてる。絶対にはずさない』

文字でのやりとりの末、結局ナマエはインターフォンの前に立つ。わざとらしいくらい思い切りチャイムのボタンを押して、大声で。

「ヒストリアー!ナマエだよぉ!あっそぼー!」

リヴァイはドアが開いた時、ちょうど隠れる位置で腕を組んだまま肩をすくめつつ、首を横に振った。

「しょうがないでしょ、私こういうの本当に」

ごく小声でナマエが言った時、真鍮の重い鍵が回る、鈍い音が響いた。ドアの隙間が五センチ開く。リヴァイが手を差し入れ、銃を持った男に催眠弾を撃ち込むのに二秒。突入し、椅子に縛られたヒストリアの前に立っていた男にも打ち込むのに三秒。

「五秒で片がついた」

「……ヒストリア!」

撃たれた男らはすぐさまリヴァイが拘束する。ナマエは倒れた男の腰に刺さっていたナイフを抜き取り、リビングのイスに縛られていたヒストリアの縄を切り取った。慌てて、塞がれていた口布も下げる。

「ナマエ……うそ、ナマエがきてくれるなんて」

「大丈夫?こいつら、どうしたの。怪我はない?」

「怪我は平気。縛られてただけで……どうしよう、警察?それより姉さんに……、いや、先にお父さん?」

「落ち着いて」

動揺しているのが目に見えてわかる。ナマエは彼女の小さな背中を撫でながら、目を細める。

「オイ、ヒストリア。こいつらは明らかに計画犯だ。狙われる心当たりはあんのか」

男らを縛り終えたリヴァイは、冷たい目付きで彼女を睨む。

「……ある」

「なら、その上でどこに逃げたらいいかわかるか?」

「はい、わかり……ます。警察も、お父さんの所もきっと駄目。ユミル、ユミルの所ならきっと」

軽く座っていたリヴァイは「決まりだ」と言って立ち上がった。

「ナマエ、俺達も聞くことがある。ユミルとやらの所に、ヒストリアを送って行くぞ」

「でも、部屋……これじゃあ」

周囲を見渡すとひどいものだ。大の男が二人縛られていて、男らが好き勝手していたのかキッチンも荒れている。

「早くこの場を離れた方がいい。お前の姉にも連絡しろ。しばらくここには帰ってくるなってな」

リヴァイの口調は確信めいていて、ヒストリアも何故か初対面の彼を疑うことなく「わかりました」と頷いた。

ナマエはどうして、二人が言葉少なに疎通ができているのか理解できなかった。初対面で、しかもリヴァイはひどく怖い見た目なのに。

それでもナマエが真実を知るまであと、少し。三人は足音を消して、アパートメントを出る準備をする。


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