▼ 無用な駆け引き
いつもより長い、と言っても5日間程の休暇が申し渡された調査兵団。
ウォールマリア奪還作戦を目前に控え、実家がある者、104期生ならばサシャやジャンなどは実家に帰る猶予が与えられ、そうでないナマエ達は兵舎内で思い思いの時間を過ごしていた。
この夜は珍しく、兵舎内にいたコニー、ミカサ、ナマエの3人が夕食の卓を囲んでいて。
「コニー、いつ帰ってきてたの?」
「さっきだよ。お前らは今日も出かけてねーの?」
ミカサとナマエは一瞬目を見合わせ「うん」と頷いた。
「コニーはどこに行っていたの」
ミカサがそう尋ねると「ヒストリアのとこだよ」とコニー。
「私も行けばよかったなぁ。最近行けてないんだ……ヒストリア元気そうだった?」
「元気そうだったぜ。悪ガキどもを怒鳴り飛ばしてた」
その様子は簡単に想像がついた。ミカサとナマエは「ふふ」と笑う。
「すげぇよな、ヒストリア。ユミルのこととかがあって心配してたけどよ……精神的に自立したっつーか」
自立も何も、今や壁の女王だ。
「そう言うお前らは何してたんだ?」
「私はリヴァイ兵長のお仕事手伝ってた」
「私はエレンの実験を見守っていた」
スープをすくっていた手を止めて、コニーは考え込んでいた。急に口を閉ざした彼に、ナマエはどうしたの?と首を傾げる。
「……お前らはもうちょっと自立した方がよくねぇか?」
唐突に話題が2人にシフトして、ナマエもミカサも頭に疑問符を浮かべる。
「いや……さぁ、こんな休暇日までリヴァイ兵長とエレンにべったりなまんまでいいのか?そのうち飽きられたり、鬱陶しがられたりしねぇの?俺はよくわかんねぇけど……」
ぽん、とコニーは思いついたままのことを悪気なく、疑問に思ったので口に出したまでのことだろう。それ故に、それは超特急に2人の胸に響いた。
「飽きられる……?リヴァイ兵長に?」
「エレンが……鬱陶しがる……」
「いや、そう決まったわけじゃ」
「最近泊まっていけって言われなくなった」
「いい加減に帰れと言われた」
「おい、落ち着けよ2人とも」
ここにジャンとサシャ、もしくはヒストリアがいれば場は上手くまとまっただろう。けれど悲しいかな、フォロー役は不在である。
「なぁ、悪かったよ。折角の休みにお前らがいつも通り働いてるからさ、俺はもうちょっと自分の思うように休めって意味で」
「ミカサ」
勢いよく立ちあがったナマエ。すでにコニーの言葉は耳に届いていない。
「わかっている。行動は早い方がいい」
続いて立ちあがるミカサ。
「おい……おいおい」
2人は残っていた夕食を一瞬で平らげると、同時にトレーを戻しに席を立った。コニーはそれ以上何も声はかけずに、その後姿を見送っていた。
***
翌日───
少し遅めに起きたコニーは食堂で朝食を摂っていた。
「はよ、コニー」
「おはよう」
コニーの向かい側に腰掛けてきたエレンとアルミン。早速スープに口をつけながら、エレンは「なぁ」とコニーに向かって口を開く。
「ん?」
「ミカサのやつ見てねぇか?」
昨夜の一件があって、コニーは食べていたパンを喉に詰まらせた。
「んぐっ……いや、今朝は見てねぇよ」
「そうか」
「ミカサも休みなんだから、ナマエあたりとどこかに出掛けているんじゃないかって思うんだけれど」
アルミンの口調から察する所に、きっと同様の質問をエレンはアルミンにもしたのだろう。さて、昨夜のことを説明すべきかとコニーが運動神経よりもいささか鈍いその頭の中を悩ませた時。
「お前ら」
「リヴァイ兵長、おはようございます」
一瞬で3人の姿勢が伸びる。リヴァイは食堂の途中まで立ち入って来て、ぐるりと周囲を見渡した。
「ナマエを見てねぇか」
「今朝はまだ見ていませんが……探しますか?」
控えめにアルミンがそう言うと「いや、いい」と言ってリヴァイは食堂を出て行った。食堂の扉がぱたんと閉まる。
「やっぱり2人で出かけているんだろうね。リヴァイ兵長もナマエを探していたから」
「それにしちゃミカサにしてもナマエにしても、何も言わずに出て行くなんて妙だろ」
「おいエレン、2人に報告する義務ってあんのか?2人も休暇だろ?」
「なんでだよ」
本当に「わからないんだが」と顔に書いてあるエレンに、さすがのコニーも二の句を継げなくなる。
「仕方ないよコニー。リヴァイ兵長もその辺はきっと同じ感覚だろうから……言葉で説明するのは難しい」
何かを悟りきったようなアルミン。
「いや、エレンも……つーか、リヴァイ兵長は職権乱用じゃねぇのかそれ」
「当の2人がそれに異を唱えないんだ。僕らが口を出す問題じゃないよ」
そうか、と呟きながらコニーは昨夜慌てて食堂から去った2人の行方を案じた。が、アルミンの言う通り、朝食のトレーを戻す頃にはもう気にしないでおこうと思ったのだった。
***
その夜───
リヴァイの執務室を控えめにノックする音。
「……入れ、ナマエ」
「どうして私だってわかったんですか?」
むっすりとナマエを睨むリヴァイの表情は機嫌が悪い事を物語っていた。いつもそんな表情だけれど、その些細な違いはナマエにはわかるのだ。
「お茶、入れてきました」
「昨夜外泊届けを出していたな。どこへ行っていた、ミカサと」
ティーセットが乗ったトレーはがしゃんと音をたてた。かろうじてお茶は零れていない。
「おっ……女同士の秘密です!」
「ほぅ」
「って、格好よく言おうと思ってたんですけれど」
差し出されたティーカップのふちに指をかけ、リヴァイは「ん?」とナマエを睨む。
「昨日コニーと、ヒストリアは精神的に自立しててすごいなって話をして……それでミカサと一緒に、私達も自立した大人になろうって思い立ったんですけど」
「まぁ……悪くない心掛けだ」
「お給料も頂いたばかりでしたし、近くの宿を取って2人でパーティーしたんです。夜通し。それから朝一で買い物に出て……でも」
ナマエはつん、と人差し指で手元のティーポットを突いた。中の茶葉はその時に買った物だ。
「ミカサはいつも以上にエレンのことが心配で口数は減るし、私も気付けばリヴァイ兵長のことばかり考えてしまって」
「本末転倒にも程があるな」
「あはは!そうなんです。で、結局兵士としてきちんと結果が出せていれば、私達は今のままでいいんじゃないかって」
「帰ってきたと」
「はい」
少し頭を下げて視線を逸らしながら、つつつ、とナマエは座っているリヴァイににじり寄った。
「もし私がこのままでも、リヴァイ兵長は飽きずに私を側に置いてくれますか?」
「あぁ?誰が飽きると言った」
「いえ……最近泊まっていけとか……言われなくなったし、兆候があるのかなって」
「馬鹿か。言われなくても泊まれ。ミカサの奴と外泊なんて気取ったことしてんじゃねぇよ」
ぽ、とナマエの表情が明るくなるのは一瞬のことで。
「じゃ、じゃあ今日はこれから、お仕事を手伝わせて下さい。そうしたら、今夜は一緒に過ごせますか?」
「助かる」
リヴァイの手はナマエの頭の上でぽんぽん、と二度跳ねる。そしてそのまま、ぐいと頭を引き寄せて熱いキスを1つ。
「今夜は長いぞ」
執務が?それとも?それは確かめずに、ナマエはスキップ交じりに自身の執務机へと着いた。
そして同じ頃、エレンの前に現れたミカサがなぜかエレンに謝っているのを(そしてエレンはいつもより少しだけ優しくその話しに耳を傾けているのを)、アルミンが見守っていたのだった。
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