チルチルミチル | ナノ


▼ 1.始まりは午前4時

その日は珍しく日の出前に目が覚めた。緊張しているのかもしれない、とナマエは思う。気怠い体を起こし、ベッドから手の届く位置にあるカーテンに手を伸ばして薄暗い窓の外を眺めた。

ヒストリアが女王に即位して───

壁内の情勢は大きく変わりつつある。そのうちの一つが孤児院の存在だ。親のいなくなった子や地下街やスラム化した街で彷徨う子。そんな子供達を集めて、面倒を見る施設が出来たのだ。今日は調査兵団も団員を割いて、地下街の見分や可能であれば子供達の保護をする予定となっている。

ナマエは昨日、兵団内のミーティングの場で「お前はどうする」とリヴァイに問われた。地下街から出てきてもう5年。広い意味で強くなった自覚のあるナマエは「もちろん行きます」と即答した。顔色一つ変えずにリヴァイは「そうか」とだけ呟き、翌日のメンバーの中にはナマエの名前も入った。

しかし付き合いの深いナマエはわかった。リヴァイが、ナマエを気遣っていることに。それが気になって、昨夜は女子寮を抜け出してリヴァイの部屋に泊まりにきていたのだけれど。

「おい……カーテンを閉めろ」

眠りの浅いリヴァイは、ナマエが起き上がったりすればすぐに目を覚ましてしまう。ナマエは「ごめんなさい」と言いながらカーテンを閉めて、また彼の腕の中に潜り込んだ。

「目が覚めてしまって」

「……体は大丈夫か」

「昨夜あんなにした人が何を言ってるんですか」

冗談めかしてナマエが言うと、リヴァイは鼻で笑って、ぎゅっとナマエを抱きしめた。真新しい布のにおいがナマエを包む。リヴァイが今着ている寝間着はちょうど昨夜、ナマエがプレゼントしたものだ。初めて調査兵として貰った給金で、初めて買ったプレゼント。生地は上等なもので、柔らかくリヴァイを包んでくれるだろうとナマエは思う。

昨夜ナマエは、この寝間着に袖を通すリヴァイに

「リヴァイ兵長は地下街でどんな風に過ごしていたんですか?」

と初めての質問を投げかけた。あまり楽しくなる話題ではないことがわかっていたので、今の今まで聞いたことはなかった。けれど聞くならば、今のタイミングだと昨夜は思ったのだ。

リヴァイははぐらかすように視線を逸らし、ナマエに激しく口付けた。そしてナマエの全身をまさぐりながら

「こんな寝間着を着られるとは思っていなかった」

と耳元で囁いた。そこからはリヴァイの主導権で事は進み、今の薄暗い夜明けに至る。

(結局教えてもらえなかったな……)

話したくないのか、ナマエのことを思って話さないのか。でもそれは、きっとどちらもある。無理に踏み込む気はナマエとて全くなかった。ただ、思うのは。

(もしその頃の貴方に会えるなら……今の私に出来ることはあるのかな)

リヴァイがナマエを買うことで、その事実を上書きしてくれたように。

ナマエの意識もまた、段々と夢の中へと戻っていく。今日は何時出発だったっけ?朝の会議はなかったはずだ、朝食の後すぐに厩へ行ってそれから───

***

「なんで兵団の制服着たやつがこんなとこいるんだ?」

「知らねーよ。でもコイツ、死んでんじゃねぇ?」

柔らかい布のにおいと、リヴァイの肌の感触が離れた。と、同時にナマエは再び目を覚ました。体が少し重く感じたのは昨夜の名残……ではなく、立体起動装置を装着していたからだった。

「ん……?私、いつの間に」

起き上がると、眼下は見覚えのある薄汚れた煉瓦敷き。妙に風を感じない、湿っぽい空気。淀んだ雰囲気。

「ここ」

一言だけ呟き、ナマエは慌てて立ち上がった。見覚えがあるもなにも、そこは地下街だったのだ。

「お前、起きたんならそこどけよな!その中には今から俺達が使うモンが入ってんだ」

ナマエに向かって、まるで野良ネコのような姿勢で赤髪の少女がそう叫んだ。条件反射で「ごめんなさい」とナマエは周囲を見回したが、状況が全く把握できない。

「ちょっと待て、ごめんなさいで済まないぜ。なんであんたみたいな兵隊がこの地下街にいるんだ」

はっとして、ナマエは自身の両腕を掴んで着ているものを見下ろした。訓練兵団の制服だった。今更どうして訓練兵団の制服を着て、いつの間にか立体起動を装着したのか。いくらなんでも記憶が飛びすぎている。

「いや……あの、私もここに来るまでを覚えてなくって。どうしているんだろう?」

疑問符で返答してしまい、目の前の2人は困惑の表情を浮かべた。妙な沈黙がその場に降りた。しかしそれを破ったのは。

「ファーラン、イザベル。何をやっている。遅い」

よく聞きなれた声が通る。3人は同時に、声の方を向いて口を開いた。

「リヴァイ」

「兄貴」

「リヴァイ兵長!」

イザベル、ファーランと呼ばれた2人が驚いたようにナマエに振り返る。当のリヴァイは片手を腰に当て、ぴくりと眉を動かしてナマエを睨んだ。

「おい、そこのガキ……今なんつった?」

「え?リヴァイ兵長もどうしてここに?私ここに来るまでを全く覚えてなくて……今日の予定ではミカサ達も一緒でしたよね。なのに……あれ、兵長はどうして私服」

「だからなんだ、その兵長っつーのは」

小さく舌打ちをして、リヴァイはナマエの襟ぐりを掴んだ。

「てめぇ、兵団の訓練兵とかいうやつか?」

「な、何言ってるんですかリヴァイ兵長!離してください!」

「どうして俺の名を知っている。オイ、こいつはどこから湧いて出た」

リヴァイがファーランとイザベルに視線を寄越すと、2人は「来たらすでにここで寝ていた」と口々に頷いた。一瞬にして場の雰囲気は緊迫する。

「リヴァイ……へいちょ、苦しい」

ぎりぎりと絞めあげられ、ナマエは改めてリヴァイを見やった。見た事の無い彼の私服。更によく見ると、どこか雰囲気が違う。

(……若い?)

まさか、とナマエの脳内で一つの仮説が浮かぶ。

「吐け、目的はなんだ。ここはてめぇらの庭の道理と違ぇんだよ。さっさと口割らねぇと、テメェは二度と太陽を拝めなくなる」

脅しでは無く本気だ。
本気のリヴァイに攻撃されるのはこんなに怖いのか、とナマエは妙な感情を抱く。

「リヴァイ……さん、今は何年ですか」

「あぁ?頭おかしいのか、てめぇは」

「いいから!何年ですか!」

精一杯の力を振り絞り、ナマエはリヴァイを睨み返した。それを見たファーランが「844年だけど?」と皮肉のように語尾を上げて言った。

「う……そ」

「あんたら上の人間からしちゃ、俺達が年号知ってるのもおかしいかい?」

更に皮肉に憎しみを込めたような声色で、ファーランはナマエを睨んだ。

「兄貴、こいつなんか変だしやっちまおうよ。ちょうどいいモンつけてるしさ」

「そうしてやりてぇが、様子が変だ。一旦アジトに連れて帰る」

しっかりと握りしめていたリヴァイのてのひらが一瞬緩んだ。瞬間、ナマエは次のリヴァイの動きを悟る。長く一緒に過ごし、訓練の時間も共にしてきたのだ。ナマエは首の後ろに降りて来たリヴァイの強靭な手刀を身を反して受け止め、一歩飛ぶようにして退き、両手を上げた。

「武器もここで外します。抵抗もしません。ちゃんとリヴァイ……さん達に着いて行くので、無駄なお手間はかけません」

がちゃんがちゃん、と派手な音を立てながら、ナマエは立体起動装置を外した。上着も脱いでファーラン達の方に投げて寄越すと「それ以外は何も持ってませんから」と付け加える。

「変なやつ……」

イザベルが小さく呟く。リヴァイは無言のまま、ナマエの両手を後ろに回して強い力を持って握りしめたのだった。

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