チルチルミチル | ナノ


▼ と或る日の共闘

やわらかな春の風が吹く午後。

空には雲一つなく、まさに絶好の訓練日和。入団したばかりの104期新兵達はまっさらな制服に身を包み、立体起動の訓練に勤しんでいる。そんな中、ナマエだけはハンジからちょっとした雑用を頼まれ、食堂の方へと走っていた。

雑用の内容としては、現在旧調査兵団本部から本部へ一時的に帰還中のリヴァイとペトラに、食料などの補充品を受け渡すこと。食料と備品のリストのメモを渡されたので、その品物を食堂に行って揃えなければならない。

(ちょっとだけでも、リヴァイ兵長に会えるかな)

そんな邪な想いも胸に、ナマエの足取りは軽い。しかし食堂に入ろうとしたところで、聞きなれない男性の声が背後からかかった。

「お前、新兵じゃないのか?今は合同で立体起動の訓練してるはずだろう」

怪訝な声色に、ナマエは俊敏に反応して敬礼を構えた。

「はっ。ハンジ分隊長に命じられまして、リヴァイ班の備品引き渡しのために」

言いかけている途中で「ああ」とその男性兵士はため息を吐いた。

「お前がナマエ=アッカーマンか」

「新兵のくせに別命受けてんのかよ」

男性兵士は複数人いるようだった。

(嫌な雰囲気……)

訓練兵時代からよく調査兵団に出入りしていたナマエを、よく思わない先輩がいることはナマエも知っていた。しかしここまであからさまに態度に出されるのは初めてだった。

「よかったな、訓練サボれて」

ははは、とナマエを非難するような笑い声があがる。

「いえ、サボっているつもりはありません」

確かに邪な気持ちはあった。しかしハンジに頼まれたからしていることなのだ。毅然としたナマエの態度が鼻についたのか、1人の男性兵がナマエの襟ぐりを掴んだ。

「依怙贔屓野郎、女だからって甘くねーぞ。調査兵団は」

ぐい、とそのまま引っ張られる。食堂の脇に入った、人気の無い裏庭の方へ。

(……どうしよう)

ただでさえ大騒ぎして入団を果たしたナマエ。これ以上の騒動は避けたかったので、とりあえず引き摺られるままに従った。

***

「ナマエがいない」

エレンが旧調査兵団本部にいる現在、ミカサの機敏なレーダーは行き場を失い、仕方なくナマエに向くことでその均衡を保っていた。ので、合同訓練から姿を消したナマエにミカサはすぐに気が付いた。

「ナマエなら、ハンジさんから呼ばれて食堂の方へ行ったよ」

アルミンはにこやかにそう答える。しかしこれもまた、野生のカンの一種のようなものなのか。

(ナマエに何か……危険が迫っているような気が、する)

アンカーを放つ方向を、訓練の森の方角とは反対の食堂の方へと向ける。

「って、ミカサ?!そっちにアンカーを放っちゃダメだよ!」

アルミンの声は一瞬で遠くなっていく。それもそうだ、ミカサの立体起動は同期の中で一番のスピードを誇る。食堂の方角ーーー男子寮の建物にアンカーを一発、そして食堂の裏手の方へ回るため、アンカーを刺しなおそうとトリガーを構えた瞬間だった。

「おい貴様!誰の許可を得てそんなとこ飛んでやがる!」

男子寮の反対側、幹部棟の窓が勢いよく開いて怒声が飛んできた。ミカサは男子寮の屋根の上に降り立ち、声の方へ視線へと移した。

(あの、チビ)

「お前、新兵だな。そんな所で何してんだ」

リヴァイは怪訝そうにミカサを見下ろしている。ミカサは大きく舌打ちをしたが、結構な距離があるため幸いにもリヴァイの耳には届かなかった。

「ナマエが、ナマエが訓練中に姿を消しました。ハンジさんの命令、だそうですが、悪い予感がした、ので」

たどたどしくも、大切な部分は強調するミカサ。二度言われたその名前に、リヴァイもぴくりと耳を上げた。そして迷いなく窓からアンカーを放ち、あっという間にミカサの隣へと降り立った。

「どこに行った、あいつは」

「食堂の方だと聞いたのですが」

「行くぞ」

リヴァイはアンカーを放って空中を飛ぶ。ミカサも黙って頷き、それに続いた。

「最後に奴を見たのはいつだ」

「数分前ですが……っは!」

ミカサは息を呑む。
ちょうど食堂の裏庭に、複数人の男性兵士に囲まれたナマエの姿があった。

「リヴァイ、兵士長!」

ミカサが声を抑えてそう呼ぶと「ん?」とリヴァイも視線を降ろした。

「……おい新兵」

「は」

「相手は5人だ。俺は右の4人をやる、お前は左の1人をやれ」

「私も、もう1人くらいいけます。余裕です」

「うるせぇ。一瞬で確実に仕留める。お前は左の1人だ。いいな?」

「……了解」

きゅるるるるるる

男性兵士達がナマエを揶揄う野次の合間に、その場にいた全員がよく知っている音が響いた。

「アンカー?」

ナマエがそう呟いた瞬間。

「大丈夫か、ナマエ」

「ナマエ、平気?!」

右にいた4人を拳一発と飛び降りた衝撃でリヴァイが吹っ飛ばし、左にいた1人はミカサの華麗な回し蹴りで吹っ飛ばされた。

「私は……平気。うん。全然」

むしろ今いた5人は重傷を負ったのでは、と潰れた先輩方をナマエは気の毒そうに眺めた。

「寄ってたかって、先輩方は、ナマエに何をする気だったの……」

「ああ。その辺は、詳しく聞かせてもらわなきゃいけねえな」

ゴゴゴゴ、という効果音を背負いながらリヴァイとミカサは尚も5人の兵士に詰め寄った。2人の息の合ったその様子、まさに鬼神の如し。5人はじりじりと後ずさると、一様に背を向けて走りだした。

「はっ、俺から逃げられると思ってんのか」

「笑止」

リヴァイとミカサは同じように口角を上げ、トリガーを構える。逃げられるはずもない。なんと言っても、リヴァイとミカサなのだから。

「あの、リヴァイ兵長、ミカサ……」

ナマエの呼び止める声も空しく、2人は一瞬でアンカーを放って行ってしまった。

「どうしよう」

空しく一人ごちていると、背後から「ナマエ?」とペトラの声。

「こんな所にいたの。ここね、あんまり柄のよくない兵士がよくたまってるから、訓練のあっている時間に1人でウロウロしていると危ないよ?」

「それ……もう少しだけ早く、知りたかったです」

「どうしたの?誰かに絡まれた?」

ペトラは心配そうに慌てて、ナマエに近寄ってくる。

「はい。でも、あの……一掃されました」

その一言で全てを察したように、ペトラは「ああ」と表情を緩めた。

「そうなの。で、リヴァイ兵長はどっちに?」

あっちに、とナマエは指をさした。

「1人で平気だったかしら」

「私の同期もいたので……」

「まぁ、兵長が負けることはまずないけれどね」

「人間が相手ですもんね」

ナマエがそう付け加えると、ペトラは声をたてて笑った。


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