チルチルミチル | ナノ


▼ 6.落日

調査兵団本部へと戻ってきて、ナマエはそのままリヴァイの私室へと促された。床の上に降ろされ、窓ガラスに映った自分が目に入る。下着にマントだけを羽織っている姿なので間抜けに見えた。

「とりあえず風呂に入って来い」

手渡されたのは、いつも調査兵団に来た際寝間着にしていたリヴァイの古いワイシャツだった。リヴァイに告白した日、自室に脱ぎ散らかしたままにしていた。

「……洗っててくれたんですか」

「汚ねぇだろうが」

リヴァイらしい返事に、ナマエは「ありがとうございます」と言ってそれを受け取った。彼の浴室を借りるのも初めての事ではない。急に戻ってきた日常。

「入って、きます」

「ああ」

色んな雰囲気が「以前」のままだった。努めて、リヴァイもナマエもそんな風に振る舞っているような。何から話せばいいんだろうと、ナマエは湯を浴びながら考えた。ハーゼ家のこと、これからのこと、リヴァイに告白してしまったこと。

しかしどれだけ考えても答えなど出るはずなく、ナマエはいつものように首からタオルを引っ掛けた状態で浴室を出た。ナマエが予想していた通り、リヴァイは2人分のお茶を入れてソファに腰かけていた。

「お先でした」

リヴァイの隣に腰かける。リヴァイは自然にナマエのタオルに手を伸ばし、その小さな頭を包みこんだ。

「……今回は、随分と面倒かけてくれたな。まぁ、そもそもの原因があいつらだったわけだが」

「何と言っていいか……でもどうしてリヴァイ兵長達が?私はもう外に出て大丈夫なんでしょうか」

「その辺は明日エルヴィンから話しがあるだろう。それよりもだな」

「あの!」

突然の大声に、リヴァイもいささか驚いてナマエを見下ろした。両手をぎゅっと握りしめて俯いている。ばつの悪い時の、彼女の癖だ。

「突然でけぇ声出すな」

「すみません、でも……どうしても言っておきたくて」

それがあの「告白」の話題であることは、明らかだった。リヴァイは黙ってナマエの言葉を待つ。

「あの日私が言った事は、全部忘れて下さい。本当に軽率でした」

「あれだけ俺になめた口聞いといて、忘れろと宣うかナマエ」

ぐ、とナマエは唾を呑みこんだ。

「はい。あの時の私は……リヴァイ兵長の言う通りガキでした。今も、ですけど。ちゃんと大人になったら……でも」

「あぁ?」

口ごもるナマエにリヴァイは段々じれったくなり、苛立ちを見せる。どうして今その話題から蒸し返すのか。しかし次のナマエの言葉で、開いた口が塞がらなくなった。

「今晩だけは一緒に寝てもらえませんか」

(こいつ、なんもわかってねぇ)

ナマエの口から聞きたい事は他にもあった。反して伝えたい事も。しかしどうしてか、間が悪い事この上無い。どうしてこのタイミングだったのだ、全部が。

「おい、ナマエよ……」

敢えて視線をはずし、リヴァイは彼女の肩にかけるように背もたれに伸ばしていた手を引っ込めた。

「はい」

「お前の言い分はわかった。今夜俺の部屋で寝るのも許してやる」

「本当ですか?」

リヴァイは「ああ」とため息を吐き出し、それから大きく息を吸う。

「あのふざけた話しも忘れてやる。しかし今後、俺の言う事は聞け」

「……?今までも聞いていたと思うんですが」

「あの話しはなかったことにしてやるが、お前の所有権は俺にある。話しは以上だ」

己惚れていいのか、はたまた別の意味なのか。ナマエにはよく判断がつかなかった。しかしリヴァイはそのまま浴室に入っていき、ナマエは黙って待つことした出来なかった。

綺麗好きなリヴァイの入浴は長い。ソファの上でリヴァイのワイシャツに包まれて、ナマエは気が付けばそのまま眠り込んでいた。

ほどなくして湯気を纏って上がってきたリヴァイは、そのナマエの姿を見ると一寸何かを考え込み、そっと抱き上げた。ベッドの上に降ろし、そのまま自分も横になる。

(あどけねぇ顔しやがって)

彼女を抱き寄せると、同じ石鹸を使ったはずなのにナマエの香りがした。

***

視界は薄い紫色をしていた。夜明け前だ。深く眠り込んでいたようで、頭が妙にすっきりしている。ナマエは目の前にリヴァイの鎖骨があるのを確認して、状況を把握した。

(リヴァイ兵長のお風呂終わるの待ってて、寝ちゃったんだ)

迂闊に息を漏らせばリヴァイが起きてしまいそうな気がして、ナマエは顔を布団に潜り込ませた。リヴァイの心臓がすぐそばで、穏やかな音が耳を撫でる。

リヴァイの腕はナマエの頭の上に伸びており、ナマエはちょうどリヴァイの脇の下に収まっているようだった。ぴったりとパズルのピースがはまったような体勢に、緊張を覚えつつも安心する。

(……あったかい)

まるで昨夜のことが悪夢のように思えた。今が、心地よすぎてーーー。

「ん」

眉をしかめ、リヴァイが体をよじらせる。

「起こしてしまいましたか?」

「いや……」

ナマエが視線を上げると、リヴァイが目を擦っていた。眉を顰めているのはいつもと変わらないが、明らかに寝ぼけた表情だ。

(リヴァイ兵長が寝ぼけてる!)

視線の意味にすぐに気が付いたのかリヴァイは肘をつき、少しだけ体を起こしてナマエを見下ろした。

「……また運ばせてしまいましたね」

「もう慣れた」

布団の中でナマエがくすくすと笑うと「何笑ってやがる」と前髪をかき上げられた。

「エルヴィン団長の所に伺うのは、何時ごろがいいでしょうか」

「別にいつでも構わん。今日は会議もなかったはずだ……それよりもう少し休め」

ナマエの視界が暗転する。
抱きしめられた腕の中はやっぱり温かく、遠くから聞こえる梟の声がまだ朝は来ないと物語っていた。

***

軽いノック音と共に「エルヴィン」と言いながら、ハンジは彼の団長室へと入ってきた。

「次の壁外遠征の私の班員の書類だよ。あとは諸々の稟議書」

書類の束が机上に置かれると、エルヴィンはそれを手に取った。目線は書類に落としまま、「リヴァイの所には行ったかい?」と口を開く。

「行ってみたけど居留守だったよ。多分まだナマエだけが寝てるんじゃないか?」

「だろうな。ろくに寝ていないような顔していたから」

「その後そっちは?」

リヴァイ達が帰還してーーー

エルヴィンはヴィリーとヴォルフを憲兵団へと引き渡していた。ナイルの協力もあり、寄付金の虚偽罪はすぐに片がつき、いなくなった4人の妻の遺体はナマエのいた地下室の別の牢屋から発見された。

「十分な罰を受ける事になるだろうな。ちなみに寄付金に関しては、憲兵の上層部に貸しを作ることができた」

「ただじゃ済ませない男だねー」

冷やかすようにハンジが言うと、エルヴィンは軽く口角を上げる。

「そういえば、ナマエは訓練兵団に帰れるんだろ。卒業試験は間に合うのかい?」

「そのことなんだが」

エルヴィンは今朝方兵団上層部から届いたナマエの訓練兵に関する書類を広げた。その1枚を手に取り、ハンジは深いため息を吐く。

「これどうにかならないかなぁ。あんまりだよ、ナマエに落ち度はなかったはずだ……卒業させてあげようよ」

「私もそう思ってキース団長……シャーディス教官にかけあってみたが。彼の力をもっても、除名になった訓練兵を戻すには手続きに時間はかかるらしい。どうやっても、卒業試験には間に合わないそうだ」

「そうか……」

「ナマエに選ばせよう。いくつか選択肢はある。しかし答えは決まっているだろう」

皮肉めいた口調に、ハンジも困った様に笑う。

「書面上は訓練兵を介さずに入ってくることになるのか。そんなとこまでリヴァイと同じとはね」

「それをナマエに言ってやるといい。少しは慰めになるかもしれない」

ひらひらと片方の手だけを振りながらハンジは部屋を出る。その後ろ姿を見送りながら、エルヴィンはまた書類に目を落としていた。

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