チルチルミチル | ナノ


▼ 2.勘違いとすれ違い

窓の無いナマエの部屋は静かだ。

しかしナマエは自分の心臓の音が煩かった。お酒のせいで、いつもより少しだけ息のあがったリヴァイの気配。それがすぐ目の前にある。

「何言ってんだ、てめぇ」

口調が、いつもナマエをからかう時のような口調だった。

「冗談じゃありません。ずっと、好きでした」

「酔っぱらってんのはお前だ、ナマエ」

「リヴァイ兵長の方が酔ってます。それに私、寝ていたのに」

リヴァイにとってナマエは特別。

それはリヴァイ自身も隠してはいなかったし、ナマエもそうであることは誰が見ても明らかだった。この「告白」の意味は、一つしかない。エルヴィンの言葉で言う所の「大人」になるための。

「……何を勘違いさせたか知らねぇが。俺はお前をそういう目で見ていない」

「な、何言ってるんですか。この状況で」

「酔っ払いついでに、てめぇの寝顔を拝みに来ただけだ」

「はぁ?!」

かつてないほど、ナマエは怒った表情でリヴァイを見上げていた。先ほどまでドキドキとうるさかった心臓は冷め、驚くほど思考が冷静になっていくのがナマエ自身わかった。

リヴァイはナマエの上から立ち退くと、振り返りもせず扉に手を掛ける。

「待ってください。なんでここにいたんですか?なんとも思ってない女の、寝顔見に来る趣味でもあるんですか?」

「そうだ。それにナマエ、お前は女じゃねぇ。妹みたいなもんだ」

「酔っぱらってるのはリヴァイ兵長じゃないですか!」

「……うるせぇ、もう寝ろ。ガキが」

一方的に閉められる扉。
ナマエはそこに向かって枕を投げつけていた。リヴァイに対してあんな口を聞いたのも、こんな態度をとるのも初めてだ。もちろん、告白をしたのも。

「な……何だったの」

ずっとずっと大事にされていた1年半。今だって、あんな思わせぶりな態度で。

ナマエは着ていたワイシャツを脱ぎ捨てると、素早く訓練兵の団服に着替えた。これしきのことで希望兵科を変えたりはしない。けれど今は、今だけは居ても立っても居られなかった。

消灯時間後の帰還は禁止されていたが関係無い。すぐに帰って、ミカサの隣で眠りたかった。

***

翌朝

寝る前に居なかったはずのナマエが隣で眠っていたので、ミカサは起きてすぐに驚いた。

「いつ帰ってきたの?」

ナマエの就寝スペースより、ややミカサ寄りに丸まって眠るナマエ。きっと何かがあって早く帰ってきた事は、ミカサには容易に想像がついた。

「……おはよう、ミカサ」

「何かあったの」

「あった。でも今は言いたくない」

「そう。わかった」

あっさりしているミカサ。でも今はそれが心地よい。

「もう起きる?起きれるなら、目を冷やした方がいい。腫れてるから」

「うん、そうする。ありがとう、ミカサ」

そう言うと、ミカサは珍しく優しい微笑みを浮かべていた。
2人は連れだって洗面所へと向かう。男子寮と程近い場所にあるそこからは、男子組の起きる気配が伝わってくる。

「……ジャン、またベルトルトの寝相でお天気占ってる」

冷たい水をすくいながら、ナマエは口角を上げて笑う。

「当たったためしがない」

くだらない、という風にミカサは答える。いたっていつもの朝の風景だ。

ーーー昨夜のことがまるで夢のようだとナマエは思った。夢ならよかった。言わなければよかった、あんなこと。

昨夜は場の雰囲気と、気持ちの高ぶりに任せて口を滑らせたのだ。よく考えればナマエの勘違いだったのかもしれない。あそこまで大事にされて、あんな風に寝顔を見に来る彼は、本当にナマエのことを妹のように思っているだけなのかも。

そう考えれば考えるほど、ナマエは恥ずかしさで死んでしまいたくなった。

(……なんでこのタイミングで言っちゃったんだろう。エルヴィン団長、ちょっと早すぎましたよ)

心の中でそう呟いてみても後の祭りだ。

「お、ナマエが帰ってんじゃねぇか」

洗面所の前を通りすぎようとしたライナーがそう声を上げると、見えない所から「おかえりー」とコニーの間延びした声が響く。ナマエは水から顔を上げないまま「ただいま」と返事をした。

そして続けて洗面所に入ってきたのは「お帰りナマエ」と言うクリスタに、「いつ帰ってたんだよ」とユミル。ミカサも交えて、他愛無い会話を交わす。

(そうだ。今は、卒業することだけ考えなきゃ)

卒業試験をみんなで受けて、ちゃんと首席で卒業して、それから一人前の調査兵団の兵士になってーーー

「ナマエ=アッカーマンはどこだ」

教官の声が響く。
それがいつもナマエを呼ぶような、号令とは違う声色だったことに全員が気付いた。何事だと、朝の喧噪が静まり返る。

「ここです」

水から顔を上げて慌ててタオルで顔を拭くナマエ。
目の前には教官と、それから憲兵の団服を着込んだ男が立っていた。

***

「酷い顔色だな」

どこか含みのある口調のエルヴィンに、リヴァイはいぶかしげに片方の眉を上げた。長い付き合いだ。リヴァイには昨夜のナマエらしからぬ行動と言動の一端が、目の前にいる男のせいであることに感付いた。

「あぁ?何が言いてぇ」

「……昨夜は随分と飲んできたみたいだな。ナマエには会ったか?」

「貴様には関係無い、エルヴィン」

「そうか。いや、寝不足のきらいもあるようだから」

そして今度はにやりと笑うエルヴィンに、リヴァイは大きな舌打ちをした。

昨夜のナマエは、女性の顔をしていた。
すぐに抱くことも出来た。けれどあんなくだらない酒を煽った後で、ついでのように立ち寄った小さな部屋で。何かに急かされたように、らしくないナマエを抱くことはリヴァイには出来なかった。リヴァイの方が、ずっと大人なのだから。

「……ナマエをせっついたのはてめぇだろうが」

「何の話しだい?」

「エルヴィン、卒業前の訓練兵に何の話があった」

「いや、それは真面目な話しだよ」

「あぁ?」

そしてエルヴィンにも、このリヴァイの態度で昨夜の様子が手に取るように分かった。リヴァイはいつだってエルヴィンが思っているよりずっと、ナマエを大切にしている。

だからこそ彼女には、すぐ死なれると困るのだ。早いうちに不安の芽を取り除き、なんとしても最初の壁外調査からは帰還してもらわないと、調査兵団のエースが心的ストレスで被害甚大などという状況は洒落にもならない。

「しかしリヴァイ、彼女は君が思っているよりずっと」

そう言いかけたエルヴィンを遮るように、コンコンと扉を打つ音が響く。「エルヴィン団長、ナイル=ドーク師団長がお見えです」とニファの声が響いた。

「入ってくれ」

ニファが扉を開け、後ろ手から顔を出すナイル。

すこぶる機嫌の悪いリヴァイは、片目だけ泳がせて持っていたティーカップへと視線を移した。エルヴィンは少しだけ肩をすくめると「何の用だ?」とナイルに向き直る。彼が調査兵団を訪ねてくることは、会議の時期以外では珍しい。

「駐屯兵団への支援要請の返事だ。ついでだから持ってやったよ」

「そうか?お前が、わざわざ」

それは壁外へ出る時の、開門の時に依頼する兵士に関する書類だ。憲兵団にはおおよそ関係の無い書類。

「……俺は席を外すか」

きっときな臭い話しをしに来たのだろう、とリヴァイは気を利かせて腰を上げる。

「いや、いい。リヴァイ、お前もどうせ聞くことになるだろうし」

口ごもるナイルにリヴァイは眉を顰める。エルヴィンもその意図が掴めずにナイルを見やった。

「俺はここに1人言を言いに来た。いいか、1人言だ」

「だからなんだってんだ。さっさと言いやがれ」

「リヴァイ、仮にも俺はな……いや、いい」

今更リヴァイの口調の事を言っても仕方ないと、ナイルは深いため息を吐く。そして少しだけ2人から視線を外し、腕を組んでから口を開いた。

「……少し前、ここに訓練兵が来ていただろう。黒髪の、小さな」

リヴァイとエルヴィンは目を見合わせた。思い当たるのはもちろん1人しかいない。

「ナマエがどうした」

「お前のお墨付きらしいな。今朝方、憲兵団が捕えた。罪状は貴族侮辱罪だ」

リヴァイの手がナイルの襟元に伸びる。しかしエルヴィンはやんわりとそれを止めた。

「報せてくれて礼を言う。しかしこの先私達がどう動こうと、見て見ぬふりをするつもりで来たんだろうな?」

「知らねぇよ。俺は1人言を言いに来ただけだ。リヴァイ、睨むんじゃねぇ。俺の管轄外だ」

「使えねぇから外されてるだけだろ」

ナイルは舌打ちを1つ零し、扉に手を掛ける。もう少し言いたい事はあった。しかしこれ以上彼に出来る事は無い。ナマエが憲兵に入ることはもう不可能であるし、そもそも自由の身になることが出来るのかどうか、ナイルにも定かではなかった。

扉が閉まり、少しの静寂が訪れる。

「……まさかこのタイミングで来るとは、な」

「ハーゼ家だ」

「ああ。矢張り5年前、彼女を買ったのはハーゼ家だったんだろう」


リヴァイは持っていたカップを荒々しくソーサーへと戻した。すぐに動き始めなくては、もう彼女に会えなくなってしまうだろう。

自然と足早になる。昨夜怒った顔で別れてしまった彼女の、笑顔が見たかった。

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