チルチルミチル | ナノ


▼ 8.星降る夜に

結局、エルヴィンからのお説教は2時間に亘った。

(あんなに引き攣った顔のエルヴィン団長、初めて見たなぁ……)

逆に笑えてくるくらいだった。きっと現実の方では、もう見たいと思っても見られない。団長となったエルヴィンから2時間もお説教を頂戴出来る時間は無いだろう。

「疲れた……」

ぽつん、と呟いた一言は星の瞬く夜空へと飲み込まれていった。

ナマエの部屋はエルヴィンの向かい側になるので、ナマエは少しでもそこから逃げだそうと1人兵舎の屋上へと逃げてきているのだ。しかし静かな場所に来たいと思っていたのはナマエだけではなく。

「お、勇敢なる兵士が先にお出ましだぞ」

揶揄うような声の方へとナマエが振り返ると、そこにはファーランを筆頭にイザベルとリヴァイの姿。

「聞いたぜナマエ!今日エルヴィンにすげーこと言ったんだってな!」

「エルヴィンの仮面が剥がれかけたってリヴァイから聞いたぜ」

どこか浮足立っているファーランとイザベル。本人の与り知らぬところで、エルヴィンへの「嫌い」発言は勇者扱いされていたらしい。

「……あれは、そうだな。悪くなかった」

自然とリヴァイはナマエの隣に腰かけた。その距離は、普通の人なら近いと思う距離。

「そう、でしょうか。勢いで大変失礼なことを言っちゃいました。下手したら懲罰ものです」

「でもさ。それだけナマエは俺達のこと心配してくれたんだろ?よく知らねーけど、ナマエってあんまりそういうこと言う風に見えねぇじゃん」

「よく知らねぇのに言うなよイザベル」

テンポの良いファーランのツッコミに、ナマエは自然と笑いが零れる。

「心配無用!俺達には兄貴もいるし、大丈夫だって」

自信満々に言うイザベルに、ナマエはリヴァイの方へと視線を移した。

「それは……わかってるんだけど」

「ま、景気づけにナマエも一杯どうだ?」

ファーランは茶色い瓶をナマエの頬へとくっつける。ラベルには「蒸留酒」の文字。

「ファーラン、これ」

「食糧庫からくすねてきた」

開けろよ、と顎で指すファーランにナマエは激しく首を横に振る。

「ダメだよ。バレたら懲罰房行きだよ?」

「バレねぇようにしてるって」

「俺も飲む。開けろ、ナマエ」

瓶を握りしめたままのナマエにリヴァイが命令すると、ナマエは眉をしかめたまま「はい」と言って瓶の栓に手をかける。

「リヴァイには従順だな、ほんと……」

「この短期間に何があったんだよ」

2人の呆れた口調は笑って流しながら、ナマエは栓を抜く。きゅぽんと良い音が響くと、辺りにはアルコール特有の香りが広がった。

イザベルを筆頭に、話題は索敵陣形や壁外のことに移っていた。ナマエもそれに耳を傾けながら、会話が途切れるのを静かに待った。言うなら、これが最後のチャンスだと思った。

「どうした」

押し黙ったナマエに向かって、リヴァイが尋ねる。

リヴァイの団服の袖と、ナマエの団服の袖がわずかに振れ合う。現実の世界ならなんてこともない衣擦れは、ナマエの高鳴る心臓に拍車をかけた。

「今……これって、私の夢の中なんです」

ぽつりと言うナマエに、ファーランは「何だって?」と顔を顰める。

「これは夢で……私は本当はここにはいなくって」

「ど、どうしちまったんだよナマエ」

顔を見なくても、イザベルとファーランが狼狽えているのはわかった。リヴァイだけは、静かにナマエを見つめている。

「何か出来ると思いました。せめて夢の中だとしても、また、リヴァイのために戦えたならって」

ナマエの生きる意味は全てリヴァイの為にある。

生まれてからここへ辿りつくまで、いくつもあった分岐点は全てリヴァイへと繋がっていた。出会ってからずっと、彼のために何が出来るかを考えていた。誰かを想って毎日を繰り返すことが、どんなに尊いことか。

「でも……やっぱり無理なんです。私は今、壁外に着いて行くことすら許されない。私……私は」

嗚咽交じりになっていた。上手く言葉が続かない。

「お前が何を言いたいか計りかねるが。もう少し、自分自身を見ろ」

「自分自身……?」

首を傾げるナマエに、反対側からはファーランが軽く肩を叩く。

「多分だけど。ナマエは人のこと……今聞く限りじゃリヴァイのことだけじゃなく、もっと自分のために動けってリヴァイは言いたかったんだと思うぜ」

「自分のことも出来ないやつに、他人のことなんてできねぇよなぁ?な、兄貴」

3人の言うことは抽象的だ。けれど本のページがめくられていくように、ナマエの中に自然と積み重なっていく。

変えられない未来の中にナマエは生きている。人と人が繋がり、分岐して、辿り着く先に。

「……あり、がとう。でも、イザベルもそれ、人のこと言える?」

少し茶化した口調でナマエが言うと「うるせーなぁ!」とナマエの頭を掴むイザベル。

「痛いっ。やめてよ!」

「ナッマイキな訓練兵には先輩として俺が躾けてやるー!」

「あ!リヴァイさんみたいなこと言うのやめて!」

「またナマエの兄貴兄貴が始まったー!」

途中、ファーランの「いい加減黙れよお前ら!」という怒号が響くまで、イザベルとナマエの口喧嘩は続く。最後には笑って、4人並んで夜空を眺めた。

リヴァイはファーランとイザベルにばれないように、そっとナマエの手を握る。顔色一つ変えずにそんなことをしてのけるリヴァイが、やっぱりリヴァイなのだとナマエは感じ、ほどなくして部屋に戻る時。今度こそ本当に目が覚める、そんな予感を胸に抱いたのだった。


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