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Final mission!
ようやくヘリコプターに乗り上げた所から、ナマエの記憶はぷっつりと途切れていた。
目を覚ませばそこは自室のベッドで、握りしめたスマートフォンまでもがそのままだった。
「夢?」
起き上がって呟いてみたものの、それに返事をする者は誰もいない。完全に一人きりの朝。いつもと違わぬ朝。
しばし茫然とベッドの上にいたものの、セットしていたスマートフォンのアラームが起床時刻を報せる。準備をしなければと起き上がり、身支度を整えた。
職場である書店に着く頃には、本当に昨夜の出来事が夢であったのではないだろうか、とナマエは思っていた。
リヴァイの痕跡はあまりにも無かった。
あれだけ近くで触れていたのに。ハプニングとはいえキスまでしたのに。その証拠は何一つ残っていないのだ。
開店前の書店内は薄暗い。レジ回りだけにぼんやりと灯りが点いていて、カウンターには店長の姿があった。ナマエは「おはようございます」と声を掛ける。
「おはようナマエ」
傍らにテイクアウトのコーヒーを置いて、レジの釣銭を揃えていたようだった。この作業を店長がすることはあまり無いのだが、今日は何故か彼がしていた。
「変わりますよ店長、私がやっておきます」
「いや、これくらい俺がしなくては。誕生日にまで出勤させて悪かったな」
「いえいえ。今人手不足ですし」
書店が立ち退くという話しが出てから、辞めるスタッフが相次いでいた。勤続年数の長いナマエは、最後まで見守るつもりであったが。
「そうそう、それなんだが……立ち退きは無くなったんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。よかっただろう?」
店長は青い瞳を柔らかに細め、にやりと笑う。レジの傍らにあるノートパソコンの上には、昨夜のフロッピーディスクが置かれていた。
「なんでそれ、店長が……!」
「Erwin Smith」と書かれたフロッピーディスクは、昨夜地下の隠し金庫で見たそのものだった。同じ名前のネームプレートが、店長の胸には付いている。
「どうしてだと思う?」
「だってそれは昨日……」
急に風が吹き込んだ。まだ開店前なので客では無い。自動ドアを無理矢理開き、我が物顔でスタスタと入って来たのはリヴァイだった。
昨夜のタキシードでもスパイスーツでも無く。着慣れた様子のスーツに黒いネクタイを締め、洒落たジャケットを羽織り、手には大きな花束を持って。
「おはようリヴァイ」
「お前もいたのか、エルヴィン」
リヴァイとエルヴィンは視線を交わさないまま話し出した。当然、ナマエはぽつんと取り残される。
「うちの大事なスタッフだ。紳士的に頼むぞ」
「どの口が言いやがる。全く……」
じ、とリヴァイの視線がナマエへと向く。
エルヴィンからの質問の答えも、昨日の夢のような1日も。何も答えは出ていないままなのにリヴァイは──
「俺とデートに行って頂けませんか?」
ナマエの目の前に、差し出される花束。どうしていいかわからずに、ナマエは口を開けたまま固まってしまった。
「今日はもう、上がって構わないよ。良い誕生日を」
「店長の許可とやらは出たな」
そう言ってリヴァイは、ナマエの手を取る。
「え、でも店長……あの、これって」
リヴァイとエルヴィンを交互に見やりながら、ナマエはリヴァイに連れられ歩き出す。電源の入っていない自動ドアをくぐった所でリヴァイは立ち止まり、ナマエへと向き直った。
「最高の誕生日にしてやるよ」
ナマエの視線の先、繋いでいない手の方で花束が揺れる。揺れる度に柔らかな甘い香りがナマエの鼻腔へと届いた。
穏やかな朝陽に反して、ナマエの胸は高鳴っている。リヴァイが初めて現れた時みたいに。これから何が始まるのか。物語はまだまだ続くのである。