Mission three
どれだけ耳を澄ましても、リヴァイの足音はしない。薄闇の中、繋いだ手だけがそこにリヴァイがいるということを証明していた。
「……地下に行くの?」
「ああ。さっきの銃声はケニーだ。俺達に発破をかけてきやがった」
廊下もずっと薄暗い。ようやく互いの顔が確認出来るくらい明るい場所に出たそこは、エレベーターホールだった。
「手動のエレベーター?」
扉の部分が格子状の蛇腹になっている。どうやって操作するのかナマエには見当もつかないが、リヴァイは慣れた様子で蛇腹を開き、中にナマエを押し込めた。
行き先の階を選択するボタンの部分もアンティークな黒とゴールドの装飾だ。リヴァイはそこに手を滑らせ、てのひらで思い切り押し込んだ。
アンティークな装飾は裏返り、代わりにナマエもよく見慣れた、近代的なシルバーのボタンが現れる。
「地下自体が隠し部屋になってるって仕掛けだ」
「ふはぁ……スパイ映画みたい」
「みたいじゃなくてスパイだ」
シルバーのボタンの近くには液晶の小さなパネルがはめこまれていた。【Please type a password】と表示されたそこへ、リヴァイは迷いなくパスワードを入力していく。
「よし」
小さく呟くリヴァイ。扉の上にある、時計の針のような階数を知らせる表示が、1を振り切って下がっていった。
高い鐘が1つ響き、エレベーターは地下へと到着する。
地下は天井も床も、一面がシルバーで覆われた、トンネルのような形状をしていた。ずっと先まで続くトンネル。きっと行きつく先に、リヴァイの望むものがあるのだろう。
「こんな大層な場所に隠すなんて……フロッピーディスクがそんなに大事なの?」
「問題は中身だ。まぁ俺はただのスパイだからな。中身まではいちいち気にしちゃいねぇ」
2人は同時に足を進める。しかしリヴァイはすぐに、てのひらでナマエの行く手を抑えた。「し」と人差し指を立て、瞳を鋭くする。
「……先客だ。回り込まれた」
「え……さっきの……」
瞬間、リヴァイはナマエを組み敷くようにしてその場に伏せた。すぐさま2人の頭上を銃弾が飛んでいく。リヴァイの鎖骨に顔を埋めたナマエは、突然のことに息をするのもやっとだ。
「よぉ、リヴァイ。大きくなったな」
銃声が止んだと同時に足音が響く。
「チッ……こんな所で、てめぇと再会するなんてな」
伏せたまま、リヴァイは腰のベルトに挟んだコルトディフェンダーを取り出した。
「泣ける話じゃねぇか。叔父と甥、敵対組織になったわけだが……どうだ、そっちは」
「今夜はレディのエスコートで忙しい。悪いが相手になってやる余裕はねぇ」
リヴァイはてのひらの中に隠した引き金を引く。同時にナマエを引き掴み、天井へとワイヤーを放った。
ナマエを横抱きにしたリヴァイはワイヤーに身を任せ、大きく跳躍する。ケニー・アッカーマンを飛び越え、軽やかに着地した。
「走れ!」
慣れないヒールが小刻みなリズムを作り出す。エレベーターの入口からは見えなかったトンネルの奥深くへと進めば、そこにはいくつもの扉がびっしりと並んでいた。全てが金庫になっているらしい。
「どれにフロッピーが入っているの?」
「調べはついている」
壁にエレベーターの時にあったような、液晶のパネルが付いている。リヴァイはまたもやそこへ指を這わせ、いくつかのパスコードを入力した。
ナマエの足元から、床が浮き上がってくる。目当てのフロッピーディスクは、まるで宝石か何かのような品格でそこに鎮座していた。フロッピーのラベルには名前が書いてある。万年筆で書かれた丁寧な文字で「Erwin Smith」と。
「エルヴィン……スミス?」
ナマエの知っている名前だった。どうして、と口に出す暇は無いらしい。
「オイオイオイ、もう行っちまうのか?随分冷てぇじゃねぇか」
ケニーが2人に追いつく。
「ああ。もうここに用はねぇ」
「そのお嬢さんはお前のツレか?リヴァイ。弱みを連れ歩くたぁ、てめぇも焼きが回ってきたな」
「はっ……」
リヴァイはそっとナマエを引き寄せる。恋人にするみたく、肩を抱いた。
「リヴァイ……どうするの……」
ここから逃げるなんて無理な状況だ。エレベーターの入口の場所より、この金庫の空間は天井が低い。ワイヤーを放ち、ケニーを巻くことなんて無理だろう。
「大丈夫だ」
ナマエの耳元でリヴァイが囁く。そして次の瞬間、リヴァイは腰のポケットにあったスイッチを押し、大声で言った。
「今だ、ニファ!」
地震のような地鳴りと共に、地下金庫の床が抜ける。ちょうどケニーが立っている位置あたりから、急に屋外の空気が漏れ込んできた。
バリバリと響く音はヘリコプターのプロペラで、迎えに来ました、と言わんばかりの縄の梯子がナマエとリヴァイの目の前へと下がる。
「掴まれ。絶対に放すな」
ただでさえヒールで足元が悪い。しかしリヴァイは有無を言わさず、ナマエを梯子に掴まらせた。リヴァイはナマエの背後から、ナマエを抱きしめるようにして梯子を掴む。
「上げろ!」
口の端にフロッピーディスクを咥え、リヴァイはヘリコプター内にいるであろう仲間に合図を送った。天井がぶち抜かれた衝撃で、ケニーは金庫内へと倒れている。しかし目立った外傷は無い。軽い脳震盪だろう。
「待って……待って待って!無理無理無理!」
「着くまで耐えろ。俺が掴んでいる。絶対に落ちることは無い」
「ひゃあーーーッ!」
僅かな浮遊感。それは一気に上昇し、眼下に景色が置き去りにされる。
ヘリコプターは高度を保つまで左右に揺られながら、真っ暗な夜の中を飛ぶ。風はとんでもなく強い。じっと目を閉じたままのナマエであったが、リヴァイはふいに「下を見ろ」と声を大きくして言った。
「無理……無理だって」
「俺を信じろ」
エンジンとプロペラの音で互いの声は聞き取りにくい。それでもリヴァイのその言葉を拾ったナマエは、恐る恐る薄目を開いた。
「わ……わぁ!」
あんなに大きかったピクシス邸はもう、指輪の先にちょこんと乗るダイヤモンドくらいの大きさになっていた。赤や黄色、淡い青色。様々な光の屈折が、折り重なって散らばっている。
「あんな狭いパーティ会場より、ずっと良い眺めだ」
リヴァイはぴったりとしたスーツの袖から、時間を確認する。デジタルに表示される数字は、午前0時を回っていた。