Unconditional | ナノ


▼ 2.sibling(兄と妹と弟)

新リヴァイ班が車両内でまず行ったのは情報の共有であった。

アニとライナーとベルトルト。3人がマーレの戦士達ソルジャーであったこと。そしてどういうわけかユミルもマーレから来たという。ヒストリアと共に発電所の方に残った彼女についての詳細は、まだ全くの不明。ユミルに関しては、敵意は見られなかった。

「わけわかんねぇよな……仲間だと思ってた奴らが、マーレの人間だったなんて」

後部座席一番奥の隅っこで、荒廃した街並みを眺めながらエレンは呟く。小さな声を拾い上げたのは運転席でハンドルを切る、ジャンだった。

「それを言うならエレン、俺達だって驚いてるぜ。お前とお前の姉さんが、このパンデミックのキーマンだってことにな」

「それは……」

「ジャン、ちゃんと前を向いて運転して。他に誰もいないとは限らない」

ミカサが強い口調で言えば、ジャンは「ああ」と言って口を閉じる。ふいにミカサは、リヴァイの足元へと視線を落とした。

「足の調子はどうですか」

リヴァイの足首はナマエの施したテーピングがある。それを想いながら、リヴァイは僅かに脚を撫でてみせた。

「割と動くようだ……悪くない」

目下の進路はコニーが最後にライナー達の車両を見た位置まで進み、そこから手探りで足取りを追うわけだ。

発電所周辺は都市部やベッドタウンに比べると民家等が少ない田舎で、発電所を出てからはアンデッドとの遭遇も無い。特徴の無い場所であるからこそ、ライナー達を追うのは困難に思える。

しかし海岸線へと出る標識が出た所で、急にリヴァイが声を上げた。

「車を止めろ」

「えっ、はい!」

急なブレーキと共に、アルミンは「どうしたんですか?」と助手席から後部座席の方へと振り返った。

「地図を貸せ、アルミン。思い当たる所があった」

「何かヒントが?」

「ああ」

地図にはコニーの書いた赤いペンで印がついている。リヴァイは青のペンで、行き先の線を引いた。

「敵がナマエを攫って、そのままマーレへ帰還するとは考えにくい。そもそも抗体を持った人間を狙うならエレンもいるだろうが。一旦どこかへ身を隠すはずだが、この辺りはエルヴィンが軍にいた頃、奴の管轄だったシガンシナ州だ。秘密裏にしておける施設があるとも考えにくい。となれば、だ」

青い線は海岸線からなだらかな曲線を描き、目的の所へと伸びていく。そしてリヴァイはとある施設に、素早い丸印を書いた。2、3重にされたその施設は。

「リベリオ製薬会社、ですか?」

地図を覗き込んだエレンは、リヴァイに尋ねる。

「ああ。海外との取引が多かった会社だ。もしナマエの持っている抗体、そのものが必要ならば取り出す作業もあるだろう」

「まさか……そんな、姉ちゃんが何かされるなんて無いですよね?!」

「落ち着け。まだ何もわからねぇ。ジャン、目的地はここだ」

「了解!」

アルミンが地図を手に、運転席のジャンに細かい指示を出す。その様子を見てから、リヴァイは座席に深く座り込んだ。手元では、ナイフや火薬の類を並べながら。

──リヴァイが予想をつけた通り、ナマエはリベリオ製薬会社にいた。

しかしそこまでの道中、ナマエは気を失ってから目隠しをされたままで、更には薬の影響で意識は朦朧としている。ナマエ自身はどこにいるか、全く検討もつかなかった。

ただ「お兄ちゃんだよ」と自己紹介してきた目の前の男。ジークと名乗る彼の存在だけが、ぼんやりと存在している。

「……急に言われても信じられないし、そもそも貴方を信用出来無い」

「お兄ちゃんって呼んでよ。まぁ、せめて名前で」

「ジーク……?」

「うーん、そうだな。さん付けよりはまだ、マシってとこかな」

ジークが肩をすくめて笑うと、図ったかのようなタイミングで扉を叩く音が響いた。室内はそう広くない。丸い回転イスに座っていたジークは、脚を組み直してからドアの方へと声をかけた。

「入っていいよ」

「失礼します」

入ってきたのは、瞳の大きな女性だった。

「モニターから監視していました。暴れる可能性は低いように思えたので、拘束は解きますか?」

「そうだね、頼むよ」

彼女はポケットから折りたたみ式のナイフを取り出し、宙で回転させながら刃物の部分を取り出した。

「暴れないで下さいね。もし何かあれば、またさっきの注射を打ちますから」

口調は丁寧だ。その口調と同じくらい、彼女は丁寧にナマエの手の縄を切った。

さっきの注射?とナマエの脳内に疑問符が浮かぶ。睡眠薬か何かなのだろうか。

「貴女……は?」

「私はイェレナ。ジークに仕える者です。以後お見知りおきを」

それだけ言うと、イェレナはジークに向き直った。

「何か食事を持ってきましょうか?2人共、しばらく何も口にしていません」

「ああ……それもそうか。気が利くねぇ、相変わらず」

「滅相もないです」

イェレナが部屋から出て行くと、ジークはゆっくりと立ち上がって胸ポケットから煙草を取り出した。静かに1本を口に咥え、マッチで火を点ける。そして大きく吸い込み、吐き出してから、

「あ、煙草大丈夫?」

とナマエに尋ねた。

「……やめて欲しい。私のパートナーは煙草を吸わないの。変に誤解されてしまったら困るから」

「はは。なかなか肝が据わってるじゃないか。まだ、帰る気でいるか?その、パートナーって奴の所に」

「帰る気でいたらどうなの。問答無用で攫われたら、帰りたいと思うでしょ?」

縛られていたナマエの手首は赤く跡になっている。リヴァイが見たらきっと怒るだろう。部屋から出て来た所で攫われた(豪快に頭上から麻袋をかけられ、おとされたのだ)ので、ブーツは履いたままであった。紐が解けていたので体を起こし、手術台の上に脚を持ち上げて紐を結び直した。

「結果としては攫ってきたような恰好だったけれど、そうじゃない。さっきも言ったけど、俺と君とは兄妹なんだよ。腹違いだけど」

ぴくり、とナマエは体を震わせる。

「兄がいたなんて初耳。父さんも母さんも、そんなことは一言も言わなかったし……実家を整理した時にも、思い当たるような物は何もなかったけど?」

「あの父親は……そうだな。言わないさ。大事なことは何も。ナマエとエレンに、問答無用で注射を使ったような父親だ」

「注射……?私とエレンが何をされたか知ってるの?」

「ああ。勿論」

ジークは飄々と微笑む。そしておもむろに、聖書の大きさ程のアタッシュケースを取り出した。

「これを見た事は?」

煙草を口に咥えたまま、少し籠った口調でジークはナマエの目の前にケースを開いて見せた。

注射器のようだった。ただ、ナマエが知っている注射器と少し形が違う。筒の部分が丸みを帯びた楕円形で、押し子の部分が短い。針は楕円形と同じような、判子になっていた。

「何の……注射器なの」

「俺達は天国の印スタンプって呼んでる。ヒトを、アンデッドにしてしまう注射器だ」

ナマエは目を見開いた。諸悪の根源、そんな単語が脳裏に過ぎる。感情よりも体は先に動き、思わずジークの襟元を掴みかかった。ジークは動じるでもなく、ナマエから顔を背けて煙草を吐き出した。タイルの上に、火の点いたままの煙草が転がる。

「おっと、落ち着いて。説明を聞くんだ。そもそもどうしてヒトがすぐにあんな風になると思う?俺達マーレがちょっとやそっと研究しただけで、このパラディを襲ってるパンデミックが起こせると思うか?」

「どういう事よ!あんた達が……この国を……!」

「最後まで聞けよ。あのねぇ、もともとヒトはアンデッドなんだ」

ナマエは息を飲む。ジークの言っている事が1から10まで、全てが理解出来ないという風に。

「いいかい?ヒトはもともとアンデッドの要素を持っている。それを創ったのは俺達じゃない。言うならば神様……か?ナマエもエレメンタリースクールで習ったろ。神様が男を作って、男の鋤骨から女を作った。それと同じで、ヒトはアンデッドになるんだ」

「私の事、馬鹿にしてる?」

ジークはナマエの手を握ると、掴んでいた襟元を引き抜いた。ナマエの手を握るてのひらは冷たく、強い力だった。

「どれも本当のことだ。それに気付いたのがマーレだったというだけ。以前パラディ軍は見てるだろうな。俺達の研究施設」

「5年前……」

「ああ、それ位か」

ハンジ達とミーティングをした時だ。5年前、まだエルヴィンを筆頭にリヴァイ達は軍として、マーレに侵攻したのだ。その時に、初めてアンデッドを見ていた。

「この天国の印スタンプは別に毒ってわけじゃない。病原菌でもなければ生物兵器でもない。ただ、ヒトが持っている別の可能性を引き出すだけだ。少し細工はしてあるけど……例えば、これを俺がナマエのパートナーに使ったとする。そうしたら、そいつは俺の言う事は聞けるアンデッドになる」

例えが悪すぎた。
ナマエは結んだ靴紐を素早く解き、底の厚いブーツをありったけの力を込めてジークへと投げつけた。もっとも、すぐにキャッチされてしまったけれど。

「最低……!」

「まぁまぁ、最後まで聞きなって。別に悪いことばっかりじゃない。さっきナマエはさ、何の夢を見てた?」

「夢……?」

入って来る情報が多すぎて上手く頭は整理されていない。けれどさっきの夢、と言われてすぐにそれは手繰り寄せる事が出来た。リヴァイと暮らす、幸せな夢。

「アンデッドは皆夢を見る。幸せな夢だ。絶対に壊れる事が無い、不変なる幸福の中で生き続ける。ナマエだって、あの親父から注射をされなきゃあ、さっきの夢を見続けることが出来たのにな……」

「どいういうこと?私……アンデッドなの?」

ジークの持っている天国の印スタンプはナマエにも施されたのだろうか。

「いや、ナマエとエレンだけは違う。この世で唯一存在する抗体、方舟ノアを打たれた。方舟ノアを接種した人間は天国の印スタンプを刺されてもアンデッドにはならない。少しの間、さっきみたいな夢を見るだけ。皮肉な話しだろ?方舟に乗る人間だけが、覚めてしまう夢しか見られないんだ」

ジークは薄く微笑む。口の形に合わせて、頬の髭が持ち上がる。ひやりとした空気がナマエの背を撫で、無機質なタイルの上に沈殿していった。

(怖い)

どうしてだろう、とナマエは思う。しかし答えはすぐに出る。リヴァイが側にいないからだ。だからこんなにも目の前の男が、世界が、怖いと思うのだ。

「失礼します。食事をお持ちしました」

「ありがとう。そこ、置いといて」

「はい」

イェレナも微笑んでいる。彼女はまた一つ室内にシュールを落として、すぐに出て行く。

「野戦糧食みたいな物しかないけど……食べる?意外と美味いやつもある」

ナマエの体は震えている。恐怖か寒さか。どちらにせよ、リヴァイに今すぐ抱きしめてもらいたいことには変わりない。

「そうそう、そのさぁ……方舟ノアっていう注射はグリシャ・イェーガーしか所有していなかった。たった、2本。この世で今、抗体を持っているのはナマエとエレンだけ。流石にライナー達も2人同時にあの発電所から攫ってくるのはキツかったみたいだからね。今はエレンが来るのを待ってる。来るだろ?きっと」

2人が揃ったら用事が済む。暗にそう言っているようだった。

「俺もナマエもエレンも、いや、全人類……覚めない夢を見よう。皆、一緒に」

ナマエは身を引いた。繰り返し心の中では、リヴァイの名だけを呟いていた。縋りつくように。


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