Unconditional | ナノ


▼ 2.at school (学校で)

現在士官学校内に残るのはエレン達3人を除いたら、他は4名のみ。

そもそもエレン達は夕食後、翌朝の朝食分の食糧を調達するために、現在拠点として使用している1階の武器庫から4階の食糧庫へ来た所だった。アンデッドが現れたので、屋上まで追い詰められていたのだ。

ライナー・ブラウン、ベルトルト・フーバー、アニ・レオンハート、そしてユミル。この4名は、まだアンデッドが徘徊する校舎内のどこかにいる。4名を救助後、一行は学校から離脱することが出来る。

校舎は4階建て。パンデミック直後、士官学校に残る生徒らはアンデッドの脅威により4階まで撤退を余儀なくされたが、現在は1階まで活動域を広げる事に成功していた。1階の入口という入口にはバリケードが張られ、まさに籠城状態。アンデッドがどこから入り込んだのか、アルミンにも想像はつかない。

「他の学生は?生き残ったのはこの7人か?」

校舎内の地図をアルミンが簡単に書く最中、そう言ったのはゲルガーだった。

「実は一昨日の夜、軍からの無線で……エレンを先に引き渡せという連絡があったんです」

え、と口に出したのは自由の翼フリーフライのメンバー全員だ。

「きな臭ぇことしやがる」

「はい。僕らも妙だなと……エレンが感染しないことと、何かあるのかと考えました。先にエレンを引き取り、今日また、残りの学生を迎えに来ると言っていました」

「エレンだけを渡すわけにはいかない」

エレンの幼馴染であるミカサはどこか睨みつけるような表情でそう呟く。ちなみにミカサ、アルミンとはナマエも幼馴染だ。エレン達が士官学校に入学してから、しばらく顔は合わせていなかったけれど。

「それで、どう返事をしたんだ?君達は」

現状エレンはここに残っている。エルヴィンが尋ねると、アルミンは「はい」と顔を上げた。

「この混乱の最中です。エレンの顔をはっきり確認するのは難しいことに賭けて、同期のジャンをエレンに変装させて、数人を軍に引き渡しました」

「いざとなれば、俺自身が取引に使えるかと思って」

ジャン・キルシュタイン、コニー・スプリンガー、サシャ・ブラウス、ヒストリア・レイス。この4人は昨夜の夜、リヴァイらと同じようにヘリで来た軍に連れられて行ったのだ。いくら軍側の正確な意図が読めないといっても、この4人のとりあえずの安全は約束される。

「そうか、妥当な案だったな。しかし、ナマエはこちらに来ていて正解だったかもしれない」

エルヴィンがそう呟くと「ああ」とリヴァイが同調する。

「どういうこと?」

「ラッキーガール、この戦争はどうやら君達姉弟がキーマンになっているらしい」

ナマエには意味がよくわからない。他の自由の翼フリーフライのメンバーは皆、何か思う事があったのか。それ以上誰も、何も言及はしなかった。

「罪な女ってことさ」

そう言って茶化した調子で、ナマエの頬に軽くキスをするナナバ。

「口にはしてくれるなよ」

「いいじゃないか。それとも妬いてる?」

舌打ちが響く。ミケは肩をすくめて「それより陣形は?」とエルヴィンに向き直った。

「そうだな……全員聞いてくれ!突入は私とミケ、それから学生のミカサが先陣だ。次いでナナバ、エレン、アルミン、ナマエ。この後方にゲルガーが付け。最後尾がリヴァイだ」

全員が「了解」とバラバラに口から吐き出した。

「ナマエ、アンデッドが出ても無闇に引き金を引くな。お前の左右にいるのは、お前より銃の扱いを学んだガキ共だ」

「うん。最悪、こっちにしておく」

腰に下げたのはリヴァイから渡されたシースナイフだ。噛まれても感染しないナマエは、いざ実戦となればナイフの方が幾分か危険度が低い。一応、ハンジが所持していたベレッタも借りては来ているが。

「最後尾といっても走ればすぐに駆け付ける。俺はすぐ側にいるからな」

「リヴァイ……ありがとう。愛してる」

「ああ。俺もだ」

熱いキスを交わす2人、士官学生3人は目のやり場に困り、視線を宙に泳がせた。ゲルガーは「ああいうのがフラグってんだ」と揶揄ったが、エレンの心境は広い意味で穏やかでは無い。

「準備はいいか?全員、集合だ」

エルヴィンの号令がかかる。校内の様子はわからない。手探りに何が潜むかわからない、深い沼地へと足を突っ込むような感覚だ。

22時30分フタフタサンマル自由の翼フリーフライ特別作戦班並びに士官学校生3名により、校内へと潜入開始」

エルヴィンの前はミケが行く。アンデッドは音に反応するので、出来るだけ音も息も潜めて。ナマエ以外のメンバーは全員右手に銃を構え、小さなライトで足元を照らしながら進む。真っ暗な校内、小さな光の筋だけが緊張を照らしだした。

校内はナマエが思っていたよりずっと学校らしい作りであった。1階に武器庫や訓練施設が集まっているため、2階から4階は特に学校らしく見える。廊下はリノリウムのビニールのような床で、気を抜けば特有のゴムが擦れる音が鳴りそうだった。

4階の食糧庫を通り過ぎ、3階へ降りる階段へと向かう。ライナー達が集まっている可能性が高いのは1階の武器庫。エレン達はそこを拠点に、寝泊りもそこでしていたのだ。3階は通り過ぎ、2階へ。2階は広い図書室になっている。ここだけ建物の作りが変則的なので、図書室内を通り抜けなければ1階へは降りられない。

「……全員聞こえるか。図書室に人影が見える。ミカサが見る限り、残った士官学校生では無いらしい」

インターカムからエルヴィンの声が響く。ナマエはびくりと肩を震わせた。学生じゃない、ということはアンデッドでしかあり得ない。

「一体じゃない。7……8……やたら、デカイ奴もいるみたいだ」

ミケの声だった。エルヴィンはミケに話しかける様にして「一旦片付けてしまうか」と呟く。しかし少しのノイズの後、急にリヴァイが口を開いた。

「エルヴィン、お前らは先に道を作って進め。そこにいる奴らは俺がやる」

最後尾から来るリヴァイは、背後を確認しながらまだ3階の階段を降りている最中だ。ナマエは息が止まりそうな、舌の根が乾き切りそうな感覚を覚える。エルヴィンは無言でリヴァイの案を肯定した。ミケにだけ頷いて見せると、順に状況を確認する。

「……ゲルガー、どこにいる」

「ゲルガーだ。今図書室の前に着いた。ナマエ達は目の前にいる」

「ナナバ、全員走れそうか?」

大丈夫かい?とナナバはナマエとエレン、アルミンに視線で問いかけた。3人は黙って頷く。

「こっちも大丈夫そうだよ、エルヴィン」

「わかった。リヴァイ、頼んだぞ。ミケが手榴弾を投げたらそれが合図だ。全員一斉に1階目指して走れ」

しん、と空気が静まり返る。暗闇の中に引き摺るような足音。ぼんやりとした人影。単純に怖いという感情がナマエを覆った。アンデッドがいる恐怖なのか、リヴァイがまた1人でアンデッドに向かう恐怖なのか。

ミケの方からピンを抜く気配がしたと同時、図書室内に爆炎が上がる。

「ゴーゴーゴーゴー!」

声はミケだった。あの人こんなに大きな声が出るんだ、とナマエは素っ頓狂に思う。エレンがナマエの手を掴み、目配せをして走り始めた。エルヴィンとミケが発砲している。その背後を通り抜けながら、ナマエ達は尚も走る。

──刹那

ナマエは目を見開いた。エルヴィンが持っているのはアサルトライフルタイプのマシンガンだ。音も存在も何もかもが大きい。両手でしっかりと照準を構えながら銃口を向ける先にあったのは、今まで見たアンデッドと何もかもが違った。天井に届きそうな程高い身長は太い首が溶けだしたまま伸びたような異形で、かろうじて人間らしい腕の先についているてのひらの部分は顔よりも大きかった。

「……異形種だ!」

アルミンが小さく呟く。

「異形種?」

「アンデッドの中に……突然変異する個体がいるんだ!」

ゲルガーがエルヴィンの後ろを通りすぎると、エルヴィンは異形種に発砲を続けながら、自身もまた、階段の方へと向かう。そして同時に。

「こちらリヴァイ・アッカーマン、目標に到達。制圧後に合流する。先に行け!」

インターカムをつけた全員の耳、ナマエの耳にもその声が響く。

(あの異形種を……リヴァイが1人で倒すの?)

背筋に冷たい氷が走っていくようだ。大丈夫、リヴァイはいつだって大丈夫だった。でもあの異形種は──

「ナマエ、今は余計な事を考えない!私達は士官学生が先、だよ!」

ナマエの胸の内を読んだナナバはそう言って隣を走り抜ける。そうだ、士官学生を見つけない事にはリヴァイだってあそこから離脱出来無いのだ。

「階段を降りて真っ直ぐ行けば武器庫です!」

エレンが声を上げる。2階までと違い、1階はヒトのいる気配がした。廊下には所々、キャンプ用のオイルランプが吊るされ、エレンの言う武器庫からは話し声。

「ライナー!そこにいるのか?緊急事態だ!」

「エレン?どうした、軍からの救援か?!」

武器庫の扉は他の教室のような引き戸に比べてえらく強固な作りであった。そもそもが銃器を仕舞う場所なのだ。そこを軽々とライナーが押し開くと、背後にはベルトルト、アニ、ユミルの姿もある。

「よかった、全員集まっていた」

ミカサがほっとしたように言うと、エルヴィンは黙って頷く。そして耳のインカムに触れた。

「リヴァイ、聞こえるか。学生を全員発見。これより撤退だ」

「そうか。しかしこっちに来るのは無理そうだぜ。奴ら……どこからこんなに沸いて出やがる。とてもじゃねぇが倒し切れる量じゃねぇ!」

エルヴィンは一瞬思案するように瞳を伏せ、ライナー達を見やった。

「どこかヘリが空中停止ホバリング出来そうな場所はあるか?なるべくアンデッドが来た際に対処し易い場所がいい」

「え……外に出る気ですか?!」

ライナーが声を荒げると、背後ではベルトルトも「まさか」と目を見開いた。

「上が駄目なら外に出るしかない。君達も銃は扱えるな?」

「どういう事だよ、なんで自由の翼フリーフライのお偉いさんがこんなとこ来てんだ?」

手元ではすでにライフルの類を準備しながら、ユミルはぼやく。

ライナーとエレンは2人で話し合い、ヘリを着けてもらうのは第二演習場がいいだろうと提言した。校舎の表にあるグラウンドはすでにアンデッドで溢れ、簡単に片付く数では無い。校舎から裏手、図書室に面した裏手の第二演習場ならばヘリが空中停止ホバリングするスペースも、アンデッドが現れた際にも対応出来そうだ。

「エルヴィン、リヴァイは?応援に戻るか?」

ミケが伺うように言えば、インカムからはリヴァイの声が響く。

「ギリギリまで俺がここで引きつける、お前らはさっさとヘリに乗れ」

そこからの動きは早かった。エルヴィンはすぐに上空待機のヘリに指示を出し、一行は第二演習場へと移動。幸運にも第二演習場にアンデッドの姿は無く、ヘリに乗り込むに難は無かった。

先ずゲルガーとナナバが乗り込み、学生達を順に引き上げた。順当に言って次はナマエの番だ。

「リヴァイが来るまで乗れない……ミケ、先に行ってくれる?」

すん、とミケが鼻をすする。ヘリのエンジン音とプロペラの音がひどく響く中、ミケは「リヴァイ」と呼びながらインカムに触れた。

「全員乗ったら離陸しろ!」

それだけでミケとエルヴィンは「了解」と答え、ヘリより垂れたロープへと手を伸ばした。

「リヴァイを置いて行くの?!」

「必ず来る。大丈夫だ」

まだあの異形種と彼は戦っているのだろうか。それにしては時間がかかりすぎていないか?ナマエの中に不安が過ぎる。3人がヘリへ乗り込んだと同時、エルヴィンの合図でヘリはゆっくりと離陸する。演習場の砂地が回るプロペラで波打ち、円を描いて広がってゆく。

「リヴァイ!今だ!」

怒声に近い音量でエルヴィンが叫ぶ。インカムをつけているからそんなに大きな声でなくてもいいだろう。しかし半ば、祈る気持ちもあったのかもしれない。一気に高度を上げる瞬間の手前、コンマ数秒の間にリヴァイは窓から飛び出し、振り向きざまに手榴弾を図書室へと投げ込んだ。大きく跳躍する体。ヘリより投げだされた命綱に飛びついたリヴァイは、浮遊する空中でそれを伝った。

グローブをはめた手が、しっかりと、一歩ずつ。ナマエ達の待つヘリへと登って来る。ギリギリの場所まで身を乗り出し、手を伸ばしたのはナマエだった。もっとも、リヴァイの体重を知っているナナバが、ナマエの腰を抱きしめて押さえていたけれど。

「噛まれちゃいねぇ。確認するか?」

ヘリに乗り上げるなり、リヴァイはエルヴィンに向かって言う。エルヴィンは静かに首を横に振り「よくやってくれた」と言った。その傍らで、ナマエはすでに盛大にリヴァイに抱き付いていた。リヴァイもナマエの耳元や首筋に唇を這わせながら、改めてナマエの無事を確認した。

「よかった……無事で」

「ああ。少し足を捻ったが……大丈夫だ」

リヴァイの合流に安心したのも束の間、リヴァイ達の前にゆっくりと進み出たアルミンがひどく震えながら呟いた。

「同期の……アニの姿が無いんです」

振り返れば、士官学生だけは皆不安げに顔を歪めていた。いつ彼女がいなくなったのか、全員がわからない風だった。

「なんだって?」

「乗るときに気付かなかったのか?」

急にざわつくヘリコプター内。皮肉にも上がって行く高度。リヴァイはインカムをつけた自由の翼フリーフライのメンバーにだけ聞こえるように「そうだろうな」と呟いた。


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