弁慶の立ち往生


伏黒甚爾が、かの「天才呪具職人」に出会ったのは必然であった。



「呪術師に非ずんば人に非ず」。
なんてくそみたいなことを平然と宣い、己を罵り虐げた生家を出て、金のために悪事にも手を染め、女を渡り歩き。天与呪縛によって得た強靭な肉体と野生の獣にも匹敵する五感を持ってして「術師殺し」として稼ぎ、その金は賭博に費やした。

報酬が良い仕事(ころし)は、その対象もそれなりに強いため危険が伴う。リスクを少しでも軽減するためには殺傷能力の高い武器と防御力に長けた装備が必要だった。
そこで目を付けたのが、まだ年若いが腕は良いという呪具職人。呪術高専に通うという、あの「三条」の子孫の小僧だった。裏社会に出回っている情報では、綺麗な面した華奢な少年で、大した術式も無く階級も最低の「4級」だという。
金は無いが、まぁ盗めばいい。本人とかち合っても力で圧倒できる。そう過信していたし、なんなら痛覚を少しばかり刺激して、脅そうとすら思っていた。




だが、しかし。

「ふふ、いいもの捕まえちゃった」

実際に捕まったのは己であった。

「両手足を切断された気分はいかが?こんな細腕の子供を脅して刀を盗むなんて、赤子の手を捻るくらい簡単だと思ってたでしょ。見下してた人間に見下されるなんて、この上ない屈辱だよね」

にこにこと可愛らしい顔は笑っているが、声と目は微塵も笑っていなかった。

隠されもせずに知られた工房の場所を訪れ、大胆にも堂々と侵入し、建物に足を踏み入れたそのとたん。気付いた時には膝から下が切断されていた。崩れ落ち、腕だけでなんとかもがいている間に、腕も無くなっていた。血が一滴も出ていないことから、何らかの術式か、呪力を操作することによる保護か。

音も、気配も、匂いも、確かに全く無く。そこに在ったのは手足を奪われ自由を削がれた事実だけ。

「学生だからってどいつもこいつも舐めやがって。僕だって怒りぐらい湧くんだけどなぁ。…あれ、おじさん天与呪縛で呪力が全く無いね、…へぇ。ちょうどいいや、ちょっと試させてよ」

芋虫状態になった己にまたがった長身で華奢な少年は、目の下に濃い熊を携えて脈打つ心臓のあたりに手を置いた。その刹那、

「な、…にを、…っぐ」

苦しい、息ができない、気持ち悪い。無理やり身体を抉じ開けられるような、剥き出しの心臓を握られているような堪えがたい不快感に襲われ悶える。
その様子を見て少年はさらに笑った。

「あ、やっぱりそうか。…呪力が全くない人間は身体に呪力を受け入れる耐性が無いんだ、だから呪力は即死の猛毒に近い。例えるなら、…そうだなぁ、肉の器に濃硫酸を注いでる感じ。あ、おじさん脳筋ぽいけど化学は分かる?」

その言葉で強制的に体に呪力を注がれた、と、気付いた。
どこまでも小馬鹿にした話し方に、この上ない怒りを感じて少年を睨みつける。

「すごいや、普通なら即死だと思うんだけど。あぁ、いや、殺すつもりは無いよ。…ふむ、とんでもなく頑丈だし身体能力もものすごく高いね、筋肉の付き方が綺麗で身体もしなやか。顔もそこそこ綺麗だし、…こんなことしないで芸能界にでも入れば荒稼ぎできたんじゃない?ホストとかもイケそう」

苦痛に歪む顔を眺めらながらも楽しそうに話し続ける少年。
そう、これが狂った刀鍛冶の三条三月との出会いだった。
それからも散々実験と検証だと言って身体を好き勝手弄られた。



気が済んだ三月はそのまま芋虫状態の甚爾の上でたっぷり三時間の仮眠を取り、目が覚めて一言。

「誰、アンタ。…え、てか芋虫じゃん。キッモ」

あ、こいつ殺そう。
そう思った俺は悪くない、被害者だ。
後の三月曰く、限界まで徹夜した結果、脳が正常にはたらいておらず現実と夢の区別があいまいになってやったこと、とのこと。呪術師というのは総じて頭がおかしいが、こいつはその中でもトップクラスにおかしいと認識した瞬間だった。

呪力で包んだ状態で放置されていた、切断されていた手足を元に戻され、五体満足の状態になったところで、

「ごめんねマッスルおじさん。僕もこんな拷問みたいなことするはずじゃなかったんだけど、憤怒と好奇心には勝てなかったみたい。死ななくて良かったね」

なんて、励ましとも呼べないような言葉をかけられ、自己紹介をさせられ。

「マッスルおじさんは止めろ、甚爾でいい」
「え?岩融?」
「どういう耳してんだよクソガキ」
「じゃあ弁慶でいいや。岩融の持ち主の武蔵坊弁慶。…ね、ね、それよりもこれ扱える?」

金払いの良い仕事(ころし)のための武器を盗みに来たことを吐かされ、もう自棄になって素直に武器をくれと言ったところで、目を輝かせた三月はどこからか大太刀を取り出した。

「あ?…あぁ、まぁ」
「これは?…こっちは?」

明らかに常人では持ち上げることすら不可能であろう大ぶりの刃物が次々と。
大太刀を始めとした、斧、棍棒、槌矛、分銅鎖、薙刀、三節棍など。どれもこれも、しっかりとした作りで売ればそれなりの値になるだろうことは明らかで。驚く俺をよそに三月は嬉しそうに笑ってとんでもないことを言った。

「報酬として武器をそのままあげるからさ、僕の専属になってよ。この辺の大物は作ったは良いけど、扱える人間がいなくて困ってたんだ。弁慶なら余裕で扱えるみたいだし…」
「…は?」
「お金がいいならそれらを売ればいいよ。僕の刻印入ってるし、それなりの値になるはずだから」

訳の分からないことを言い出す子供だと思った。…ていうか、弁慶で呼び方を定着させようとするな。
だが、まあ。俺にメリットの多い契約であることは確かだったので、そのまま契約書にサインした。刀鍛冶の子孫らしく、古めかしい方法で契約をそのまま強い縛りにするそのまじないに、ただの刀鍛冶ではなく呪術師の卵であることを改めて思い知った。

呪詛師と呪術界の上層部である老害どもは殺してもいいが、それ以外は手にかけないことを知らぬ間に縛りに組み込まれていたことには苛立ちが募ったが、三月から渡される刃物はどれも使いやすく、売ればかなりの額になるため、それで怒りは収まった。

その日から、三月印の刃物を片手に呪術界で荒稼ぎをした。
その金で賭博をして負ければ女のところに転がり込むか、三月の家に厄介になった。たぶん、三月の家に転がり込んだ回数の方が多いだろう。なんせあいつの側は居心地がいい。
三月はいつ訪れても嫌な顔一つせずに出迎えて、自分より年上の甚爾に、何かと世話を焼きたがった。端から見れば、高校生に世話をされる成人男性という犯罪すれすれの光景だっただろう。
三月は料理が上手くて世話焼きで綺麗好きだった。刃物狂いの刀剣オタクであることを除けば、これで女だったら嫁にしたなと、思うほどには。


そんな関係は意外にも長く続き、三月が高専を卒業した年には津美紀の母親が蒸発したことをきっかけに恵と津美紀を三月の家に放り込んだ。

今思えば、その二人と引き合わせたことが、後に三月を激怒させる運命の引き金を引いていたのだろう。
あのお人好しの刃物狂いは、あぁ見えて情に脆いから。




俺が死んで泣いたのは、きっとこの世でお前だけだ。








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