第八話

 マダラがまたあの河原に来ていた。そして、大切な妹に傷一つ付けなかったどころか、自らの衣服を切り裂き、裸足で出歩いた名前の足を保護してまで送り返してきた。この事実は、柱間の想いを大きく揺るがすきっかけとなった。

 名前はマダラに姓を聞かれたが、最後まで名乗らなかったと言った。その目に嘘はない。否、そもそも妹は自分たち兄弟に嘘なんかつかない。それについては扉間も同意見だ。しかしマダラは名前のことを、柱間の妹だと確信していたことは明らかである。そうでなければ、うちは一族特有の紺染がなされた衣服を切り裂いてまで、名前の足に巻きつたりなどするはずがない。マダラは決して馬鹿ではない。そんな痕跡をわざわざ残してくるということはつまり、こちらに己の存在をわざと気づかせようとした、ということだ。

 しかも名前は恐らく、身体が勝手に怪我を治したところをマダラに見られてしまっている。布を外した足先に、血の滲みひとつ残っていないのがその証拠だ。マダラは川で名前の足を洗ったあと、痕ひとつ残らぬ肌を見てから、布を巻き付けた。そして名前の秘密を知ったことを、こちらに伝えてきたのだ。名前がマダラに与えてしまったのは、千手一族の情報などではない。それよりもっと懸念すべき、名前が内に秘めた能力についての情報だ。

 父は扉間に名前の身体について話さなかったが、柱間は名前のことを扉間に全て共有するようにしていた。妹を守ることにおいては、父よりなにより、この弟のことを信頼している。


「マダラが名前に何かしらの術を仕掛けた可能性についてはどう思う、兄者」

「……ないとは、言いきれん。あいつは写輪眼を開眼していた」

「だが、名前は写輪眼を見ても、なにも起きなかったと言っている。意識はハッキリとしていたし、記憶が曖昧なところもない。写輪眼の紋様さえ正確に示してみせた」

「……ありえんぞ、普通。名前は幻術返しも知らないはずだしな……」


 丑の刻。名前が寝息を立てたのを見届けてから、柱間と扉間は布団の上で向かい合い、今日の出来事を話していた。
 柱間としては、マダラが名前に悪意をもって接したのではないと信じなかったが、あんな決別があった後だ。マダラの行いはマダラ自身のものというより、うちは一族から千手一族へのもの、という見方をして考えなければならない状況になっている。

「それもそうだが……名前の発言に今のところ矛盾や疑問点はない。単純にマダラへの興味から……その、においとやらに惹かれて、あの場へ向かったというのが正しいと思う」

「まあ確かに。名前が外へ出ちまったのは俺が原因だし……そもそも、名前をあの河原へ呼び出したのがマダラだとしたら、今日より以前に接触があったはずだしな」

「……名前がマダラに興味をもっている、というところが、気になるところではあるが」

「あー……名前は女の子だからなあ。マダラに惚れちまったかもしれん」

「なっ……そういうことではない!」

 扉間が声を張り上げそうになるのを、柱間の手が抑えた。実際、マダラの話をしているときの名前は、今まで見たことのない表情をしていた。大きなわんちゃんだとか狼みたいだったとか、そんな発言は兎も角として、やっぱりものすごく好きなにおいがしたのだそうだ。
 柱間は興味本位で自分とマダラどっちのにおいが好きかを問うたら、名前は数秒悩んだ後、選べないと答えた。選べない、つまり、同立ということ。この時点でマダラに妹をとられそうな気分になった柱間はそれは目に見えて落ち込んだが、同時に心の奥底でほんの少し喜びを感じていることにも気がついていた。

 自分の他にも、マダラのよさに気づいてくれる者がいる。しかも、血の繋がった妹が。柱間はやはり、マダラとの友情を未だ捨て切れてはいなかった。怪しむ様なことをいったものの、心根ではマダラのことを信じている。それを扉間に悟られては、兄者は甘いのだ、とお叱りを受けそうだが。名前とマダラが出会ったことは、柱間にとって必ずしもマイナスな感情を生むばかりではなかった。

「まあ、もう二度と来るなと、釘をさされたらしいからな」

「はぁ……全くマダラはひどいやつぞ……名前にそんなはっきりと」

「兄者はどっちの味方なのだ!」

 扉間が布団をぼふり、と叩くと、名前がうんうんと寝苦しそうに身動ぎをした。はっとした二人は顔を見合わせたあと、ふぅとため息を吐く。

「まぁ、名前が怪我なく無事に帰ってきた。……殺されることも、捉えられることもなく」

 再びすやすやと寝息を立てる名前の額を、柱間は手で緩く撫ぜた。その事実が、柱間にとって何よりのものなのだ。うちはは千手の敵。人を殺める術も理由も、自分を守る術さえ持ち合わせていない名前を、マダラは柱間に返してくれた。身体のどこかを傷つけられた様子もない。名前に痛いところはないかと聞いてみても、痛いのはなおったんだと言っていた。それはきっと、足の傷のことだろう。マダラは本当に、なにも、名前に手を出さなかった。

 名前が出会ったのがもしマダラでなく他のうちはの者であれば、名前は今、此処にはいなかったかもしれない。そう思うと、手足は震え、心臓を抉られるような気分になった。もう二度と、こんなことが起きてはならない。

 マダラが何故、またあの河原の近くに来ていたのかはわからない。ただ、名前とマダラが出会ったのは、偶然ではないような気がするのだ。名前がマダラのにおいに惹かれていたのは、今日の出会いを導き寄せるための何か。糸、のようなもの。ひとりで外へ出て行ってしまった名前が、そこでマダラ以外の何者にも出会わず、その身を穢されることのないように。そんな運命的何かを、柱間はふと、心の奥底で感じていた。

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