第六話

「……ってお前、裸足じゃねえか」

 じろり、と少年の鋭い視線が名前の全身を無遠慮に這いまわった。その目が名前の足元に止まると、ぐっと眉が潜められる。名前は相変わらず、少年から目を離せずにいた。少年に、というよりも、少年が発するそのにおいに、全身が麻痺してしまったように動かない。こんな感覚は初めてだった。

「そんなナリして、何しにここにきた」
「……あ、なまえは、その」
「なまえ? ……お前、一人できたのか」

 背格好は柱間と同じくらいで恐らく年も近いのだろうが、兄にはない威圧感のようなものを感じて、名前はすっかり萎縮していた。名前の好きなにおいをもつ者の正体が、まさかこんなに目付きが悪くて怖そうな少年だとは、名前は夢にも思わなかったのだ。何しにきた、と言われても、目的なんて何もない。ただそのにおいに惹かれて、無我夢中でここまで来てしまったのだ。そう伝えようにも、名前は頭が真っ白になっていて、何も言葉が浮かんでこない。
 手足は熱で痺れているし、走ってきたせいで呼吸もひどく浅い。初めて会う人間に敵意のような眼差しを向けられて、幼い名前が穏やかでいられるはずなかった。

「……ぁ、あの、……ごめん、なさ…」

 乾いたはずの涙が急速にこみ上げてきて、どば、と一気に流れ落ちてきた。人と話をするときは、きちんと目を見て話さないと伝わらない。そう扉間からも教えられていたはずのに、涙で濁った視界では、少年の顔などちっとも見えやしなかった。名前は少年の質問に何一つ答えられず、ただ、訳も分からずにごめんなさいと謝った。




 急にめそめそと泣き出した名前に、少年は呆気にとられていた。突然目の前に現れた少女を怪しみ、探るようなことを聞いたものの、別に取って食おうとか、傷付けようとか、そんな風には考えていない。
見たところ、まだ三つか四つだかの幼い子どもだ。ほつれの無い小綺麗な着物を纏い、長い黒髪には艶があり、雪のように白い頬は健康そうにふっくらとしている。ざっと見た感じ、明らかに良家の娘のようないで立ちではあるが……なぜか履き物をはいていない。その足は傷だらけで、泥や砂に塗れている。そのちぐはぐさが、少年の疑心を煽ったのだ。

「おい、なんでそんなに泣くんだよ」
「ぁ、ぅ……」
「……俺が怖いのか?」
「すごく、こわい」
「そこは即答なのかよ!」

 少年が声を荒げてカッと眉を吊り上げたので、名前は余計に怯えた。そもそも、名前は生まれてこのかた、家族以外の人間とはほぼ関わらない生活を送ってきたのだ。兄たちは皆名前に過保護で、死ぬほど甘やかして接してきている。こんな風に他人に大声で責められたことなんて、一度もない。
 めそめそと泣き続ける名前に、少年はとうとう呆れ返った。いくら待っても、探ってみても、この少女以外の気配は一向に現れない。――だとすれば。こんな年の子ども、しかも女がひとりでこんな森の奥深くまで出歩くなんて、家出か迷子か孤児以外に考えられなかった。身なりからして最後の可能性は薄いとして、名前は本当に、どうしてこんなところへ来てしまったのだろうか。

「……つーか足、痛いんだろ。見てやるから」

 何にせよ、えんえんと泣いている幼い少女を見て見ぬ振りしておけるほど、少年は心の冷えた人間ではなかった。ため息を吐きながら手を差し伸べると、名前は涙を溜めたまま、目をぱちくりと大きく見開いて少年を見上げた。

「あし……いたくない」
「あ? 嘘つけ、血でてんぞ」
「ほんと、ほんとにだよ。いたくない」

 こいつ泣きすぎて頭が馬鹿になったのか? 少年はそんなことを考えたが、名前の目の前にしゃがみ込み、よくよく足の辺りを見てみると、血のついた皮膚はすっかり固まって、痕も何も残っていなかった。
 今度は少年が目を見開く番だった。名前の足首を指でなぞり、砂と泥をはらってもう一度良くその場所を見る。やはり、どれだけ目を凝らしてみても、そこには何もない。少女の白いままの皮膚が、残っている。

「あの……いたく、ないから」
「……っ、ああ。そうみたい、だな」

 少年は名前の声に頷いてみせたが、頭の中ではぐるぐると考えを巡らせていた。皮膚にこびりついている血は、間違いなく少女のものだ。足以外に汚れているところがどこにもないことを見ると、やはり、そこには血が滲むほどの傷があったのだろう。
 ならば今、ここで話しているほんの数秒のうちに、少女の身体は傷を治してしまったと考えるのが最も現実的だった。"そういうこと"ができる者は、この世界において何人もいるはずがない。少なくとも、少年――うちはマダラが出会い戦ってきたどの忍にも、そんな芸当を為せる者は、誰一人としていなかった。

 ふと浮かんだ、幼い少女への疑念。それは次の言葉をもって、確信へと変わる。

「お前、姓はなんだ」

 名前は、ひゅ、と息をのんだ。マダラの手が名前の手首を掴み、ぎりぎりと強く締め付けている。痛みを感じるより先に、その目に宿る赤に思考を奪われた。血のように赤く染まった瞳に描かれる、基本巴の紋様。名前はそれから目が逸らせなかった。

 マダラは名前に幻術をかけ、その口を割らせようと試みたのだ。マダラは名前に流れるチャクラが一介の忍とは異なることにも、写輪眼を通して気がついた。少女の小さな身体には見合わぬほどの、満ち溢れたチャクラ量。その流れは繊細でありながら、身体エネルギーの色を濃く帯びている。おそらくこのチャクラが、少女の身体のカラクリだ。幻術をかけられているというのに、心の乱れを一切見せない。写輪眼を開眼したばかりのマダラの瞳力が不安定なせいもあるのだろうが、名前は一向に口を割らなかった。それどころか、マダラの両眼に釘付けになったかのように、一心に眼球を見つめている。

「すごく、きれい」

 やっと吐くか。と思いきや、少女がそんな言葉を漏らしたものだから、マダラはふっとチャクラが乱れてしまい、写輪眼を収めざるを得なかった。超人的な再生能力を持っていたり、幻術がまるで効かなかったり、この目を見て綺麗だと宣ったり。自分よりもずっと幼い少女にまるで翻弄されっぱなしのマダラは、急速に情けない気持ちになった。口を割らせようだとか、どこの一族だか問い詰めてやろうだとか、そんな気すら失せてしまうほど。どっと疲れたように肩を落とすマダラに、名前はまたきょとりと目を丸めた。

「ねえ、さっきのもうしないの?」
「……うるせぇな」

 先ほどまでぴーぴーと泣いていたくせに、これだからガキは。懲りずに視線を纏わりつかせてくる名前をしっし、と追い払うように手をふると、名前はなぜか、へにゃりと眉を垂れ下げて、笑ったのだ。

「なまえのと、おんなじあかいろだったね」

 その笑い方に、マダラは既視感を覚えた。

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