第二話

 次男扉間は感知能力に秀でた才能がある。たとえ遠く離れたところにいる人間であっても、チャクラの流れを感じ取り、行動を言い当てることができるのだ。扉間の感知能力は、現時点で既に柱間をも上回るという。
 そんな扉間が、名前は己の感知能力とも並ぶほどの優れた嗅覚があると暴いてみせた。それはおおよそ一年前の話である。

 扉間と名前がたまたま二人で留守番をしていたとき。扉間が感知するのとほぼ同時に、名前は風に乗ってやってきたにおいから、柱間の存在をずばり言い当ててみせた。扉間は大層驚いた。ひとの嗅覚とは、鍛えてどうこうなるものではない。たとえば、山を超えた向こう側に集落を持つ犬塚一族のように、特有の体質を持って生まれた者であれば話は別だが、名前は紛れもなく、扉間や柱間と同じ千手の血を引く子どもだ。

 名前のチャクラ性質は、柱間と良く似ている。チャクラ量もおそらく扉間と遜色ないほどで、忍としての才は申し分ないと言えるだろう。しかし名前は女子だ。そしてまだ幼い、大事な妹。父は名前が特異な能力を秘めていることに、まだ気がついていない。
 柱間も扉間も、末妹については同じ考えを持ち得ていた。名前がどんなに忍の才に溢れていて、いつか自分も同じ場所に立ちたいと願ったとしても、決してそうはさせない。弟たちのように、幼くして戦場に送り込まれることなど、絶対にあってはならない。父が名前の能力に目をつけることのないように、二人で必死に隠し、守っていた。

 "におい"については柱間や自分以外に話してはならないと固く約束させてから、扉間は、兄者は一体どんなにおいがするのかと問うた。名前はうんうんと悩んでから、森に生える樹木のような感じと答えた。それがなんだかツボに入ってしまい、扉間はその時、笑いを堪えることが出来なかった。







「はしらま兄さま、なんかへんなにおいがする」
「?! な、なんぞ、いきなり」

 自分が帰ってくるやいなや、抱きついて頭をぐりぐりと押し付けて甘えてきた妹が突然そんなことを言い出すものだから、柱間は激しいショックを受けた。人や物のにおいに敏感な妹が、自分をにおうと言ったのだ。
 しかし名前はただ、変なにおいがすると言っただけで、それはイコール臭いという意味として使ったのではない。名前にとっていつもと様子の違うものは、総じて"変"なのだ。それを大いに誤解した柱間は、可愛い妹から「おにいちゃん臭い!」と言われたように感じて、いつもの如くズーンと落ちこんでしまった。

「はしらま兄さま?」
「ひどいぞ名前……おにいちゃんショックぞ……」
「ど、どうしておちこむの……」

 膝を抱えて落ち込む柱間に、名前はあわててしゃがみこんだ。小さな手を柱間の頭に乗せて、よし、よしと数回撫でる。これは名前がいつも兄たちにしてもらっていることだ。そんな妹のいじらしい行動に柱間はすぐに機嫌をなおして、改めて聞き返した。

「なあ、名前。その変ってのは、一体どんなにおいがするんだ?」
「……んー……」

 柱間に言われて、名前はうんうんと考えた。感じたにおいを言葉で表現しようにも、名前は知っているモノの数があまりに少なすぎる。それは今まで嗅いだことのない香りで、草木や花とは明らかに違うものだ。焼けた薪のくすんだような。はたまた、鋭い牙を持ったけもののような野生みがあるが、それよりもずっと甘みが強い。もっともっと強く濃く香ると、目眩がしてしまいそうな、芳しい匂い。

 実際、そのにおいがしたのはほんの一瞬だったのだが、名前には、決して忘れられない一瞬だった。


「なまえの、だいすきなにおいがするよ」


 柱間はきょとんと目を丸くして、そのあとすぐにニッと歯を見せて笑った。じゃあもっと嗅いでいいぞ。と、名前の鼻先にじゃれつく。玄関先で二人できゃっきゃとはしゃいでいたら、ちょうどその頃家に帰ってきた扉間に、呆れた視線を送られた。

「ちなみに扉間は、どんなにおいなんだ?」
「おい、兄者」
「とびらま兄さまは、あたらしいごほんのにおいがしてる」
「……まあ、木よりはマシだな」
「そうか? お前の基準はよくわからんぞ……」

 兄たちは自分の方がいいにおいだなんだと張り合っていたが、名前にとってはそれがどんなにおいかよりも、"誰の"においかの方がずっと大事だ。においの特徴を表現しろと言われても、これが柱間のにおいで、これが扉間のにおい、としか言いようがない。
 家族のにおいは、無条件でホッとする。寝室で兄弟たちと身を寄せ合って眠っている時が、名前の一番幸せな時だった。この兄たちがそばにいる限り、名前のまわりには幸せが満ちている。

「はしらま兄さま」
「んー? なんぞ、名前」
「きょう、いっしょのおふとんでねてもいい?」

 名前が甘えたい時に一緒に眠ってやるのは、本来なら瓦間の役目だった。しかし、瓦間はもういない。名前はそれからしばらく、何も言わずにずっと耐えていた。瓦間がいなくて寂しいというと、兄たちはきっとまた、あの辛そうな顔をする。名前は兄たちに笑っていて欲しかった。自分のせいで、兄たちの笑顔を奪うようなことはしたくなかった。
 
 柱間も扉間も、名前が寂しい思いをしていることは当然わかっている。兄が三人もいるのだから、一人はまだ幼い妹の面倒を見てやるべきだと思ってはいるのだが、必要以上に妹に干渉することを父が許さなかった。父は名前のことにほとんど無関心で、家から外に出そうともしない。面倒事を起こされては困るからだ。これでは、籠の中の鳥と同じ。名前は同年代の子どもと比べても、少し世間知らずなところがある。それを不安視する兄たちは、父のいないところでは名前に出来るだけ構ってやりたかったし、甘えさせてやりたいと思っていた。

 幸い、名前は兄たちに対する甘え方を知っている。母がおらずとも、父からの愛情が乏しくても、その分兄たちが名前を愛してくれることを、ちゃんとわかっている。

「もちろんぞ! いいに決まってる!」
「……名前、言っておくが兄者はものすごく寝相が悪いぞ」
「ええ……じゃあ、とびらま兄さまかいたま兄さまにする」
「……おい、酷いぞ、名前」

 名前が心変わりしようとすると、柱間がまたものすごく落ち込んだので、結局、今夜は柱間の布団で眠ることになった。

 扉間の言うように、柱間はものすごく寝相が悪かった。掛け布団をすぐに蹴っ飛ばしてどこかにやってしまうのだが、名前の身体をすっぽりと抱き枕にして離さなかったので、名前が寒い思いをすることはなかった。ただ、朝起きた時に髪が柱間の涎でべちゃべちゃになっていたので、それだけはちょっぴり嫌だった。

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