02

ロケット団に入団してから、もうそろそろで一年が経つ。制服貸し出し、寮あり、食事付き、ポケモンももらえるし、給与もでる。保険と有休と命の保証という福利厚生は皆無だが、そこさえ気にしなければ私の通帳の預金高はどんどんと増えて行く。悪いことがしたくて入ったわけではないので、目標金額になったらさっさとトンズラかます予定だ。こういう団員は少なくないし、アポロさまもそれをわかっているので重要な仕事は任されやしない。ランスさまへ持って行く書類も、パスワードが無ければ開かない筒に入っているのがいい証拠だ。あと、三ヶ月もすれば、目標高だ。




目標高まで二ヶ月を切ったある日。ヤドンの井戸の近くの草の影で、ランスさまは私からの五十二回目の書類を受け取って「ここへ来て。そこで待機しなさい」と囁いた。めずらしく罵倒はなかった。

最近、あのランスさまからでるもやもやは一層濃く、太く、そして長くなっていた。前はランスさまがいそうな場所にまで行って、もやもやを探す所から始めなければいけなかったのに、このところ私のすぐ傍にもやもやはある。おかげで余計なタイムロスがなく、最短の時間で行き先不明のランスさまの居場所を見つけ出せるようになった。

「ほらご覧なさい、あのヤドンを」

ランスさまはこれが見せたかったらしく、傷ついたヤドンが遠くの草むらに入って行くのを指差した。ヤドンの井戸とは逆方向である。ランスさまは立ち上がり「静かについていらっしゃい」とヤドンの後をつけ始めた、五分後、見た事も無い広い湖に出た。



多くのヤドンがそこにはいた。



「最近、最初に井戸を調査した時のヤドンの数と、現在の数が合わないので調べていたのです。ヤドンの井戸以外にも、ヤドンが住んでいる所があるのではないかと」

ランスさまのボールから出たゴルバットの牙が、池のヤドンたちを痛めつけた。

「殺さずに、甚振る。そうすれば、甚振られたものは警戒心を失い、いい所へ導いてくれますよ。」

ランスさまは振り返り、命は何にも代えられませんからね。そう綺麗に笑って言った。ヤドンたちは傷み、のろのろとまた茂みの奥へ逃げこんでいく。

「貴女の仕事ぶりを見ました。全く成果がありません。こうやってわたしが貴女に仕事の仕方を見せたのは、何でだと思いますか。」

ランスさまはヤドンの後をまた追いかけ、茂みの向うをみた。そこには立派なヤドキングがいたのだ。

「わかったら、やってみなさい」

ランスさまはヤドキングを捕獲した。ヤドキングはしっぽを切られ、きっと他の用途にも使われるのだろう。私はランスさまと別れた後、アジトの小汚い便器に昼食を全部吐き戻した。



それからというもの、ランスさまは書類を運ぶ度に、彼の周りに他にしたっぱがいないとそっと仕事の成果が上がるやり方を私に話した。土地を買い上げる時は一人暮らしの老人を狙いなさいとか、ポケモンは他人から奪った方が早く強くなりますよとか、同期を出し抜くやり方、上司に気に入られる方法。たくさんの事を。







「今月分の、お給料ですよ」

暖かいの五月末。アポロさまがランスさまへ届ける書類の筒と一緒に、給料袋を渡してくれた。

「あなた、今月で辞めるんでしょう」

アポロさまは私を見て微笑むと「あなたがいなくなると、ランスに情報伝達が難しくなりますね。でも、まあ。志が同じでない者についてこられても、ここからは邪魔ですからね」下準備を終え、大きな仕事にロケット団は取りかかろうとしていた。最近は忠誠心の低い下っ端は、どんどん肩たたきにあっていた。

「どうぞお元気で。ランスにそれを届けてくれたらもういいですよ」

礼をして退室しようとした時だった、アポロさまが最後にちらりとこちらを見た。

「ナマエ。ランスは、ああ見えて、とても一途で純粋ですからね」







通算六十一回目、六十個目の筒を、コガネの地下通路にいたランスさまに投げ、すぐに踵を返した時、ランスさまに呼び止められた。

「今日は給料日だったのですか」

浅い団服のポケットから給料袋がはみ出ていたのを見つけたランスさまは、私からそれを取り上げると勝手に中身の数を数えた。

「こんな額じゃ、まともに食事もできていないでしょう」

ランスさまは給料袋を私に返すと同時に

「今日はわたしは気分がいいので、ナマエ、貴女を食事に連れて行ってあげましょう」

ランスさまは私の返事を待っているのか、じっとこちらを見た。私が頷くと、嬉しそうに破顔した。私服に着替えて、十八時にコガネで一番大きなビルの正面玄関にいなさいと言うと、通路の奥に消えて行った。私はアジトに戻ると、服を着替え、荷物をまとめ、部屋を綺麗に掃除して、十八時を待ち、私の唯一の私物であったピジョットのボールを取り出した。コガネの一番大きなビルの最上階には、最近流行の高級レストランが入っている。




ロケット団に入る前。私はただのサイキッカートレーナーとして旅をしていた。将来は育て屋を唯一の家族の祖母と実家で開くことを夢に、修行を積んでいた。その旅の途中、その祖母が病魔に犯され倒れたと連絡があった。急いで帰ると、祖母は俯き泣いていた。辛い病気なのかと思えば違った。祖母は病気を患っただけでなく、二人の大切な夢の中心になる実家の土地を失っていたのだ。ロケット団によってアジトのため、いいように書類を書き換えられタダ同然の額で買い上げられてしまったのだ。祖母はそれを私に言えず、だまって細々と今にも崩れそうなアパートで暮らしていたらしい。町中で病気に倒れ入院するまで。その買い上げを行ったのがランスさまだ。祖母はその一年後死んだ。

祖母の復讐しようなどという愚かな事は思わなかった。祖母の死の原因のガンは、買い上げ前から患っていたもので、ロケット団に殺されたわけではない。むしろ、ロケット団への怨みつらみで思っていたより長く生きられて、その間私は祖母と良い時間を過ごせた。
残ったのは、私の潰えた夢の残りかすと、ランスを筆頭にしたロケット団への恨み。その私のための仕返しをするためにロケット団に入ったが、何もできなかった。実力が足りなかった。できたのは一人で夢を叶えるための軍資金だけだ。と、思っていた。




十八時半。コガネのデパートの屋上からピジョットで飛び立ち、急旋回をしながら、目立つように、あのランスが私と食事するのを予定している一番高いビルの最上階のレストランの窓の横を飛ぶ。まるでぶつかるかの様に窓ガラスすれすれを飛ぶ私とピジョットに客は悲鳴をあげる。その中に緑の髪の男が見えた。白いテーブルクロスの上には綺麗に盛られた美しい光沢を持つケーキがあり、色とりどりの美しい花が客を祝福していた。緑の髪の男が私の顔を捉えた。いつもの団服と帽子を脱ぎ、黒いスーツを着ていたあの男は目を見開きこちらを見ていた。驚きと戸惑いの入り交じった顔。

ざまあみろ、ざまあみろ、ざまあみろ!



「ざまあみろ!ランス!」






心の蟠りがあの男の顔を見てすっと晴れて行くのが分かった。しかしあの男にとって私は失恋、というほどの痛手でもないだろう。恥をかかされた。きっとその程度の威力しかないだろうが、仕返しになりそうな事は何もできないと諦めていた中で、あの男を出し抜き、間抜け面をみれたのは大きな収穫だった。









私はピジョットに乗りそのまま遠くに引っ越し、イッシュ地方で第二の人生を始めた。貯めた金でささやかではあるが満足のいく育て屋を開店した。客の入りも上々で、毎日が忙しかったが幸せだった。そしてその慎ましくも幸せな生活の中で、もう一ついい事が起きた。ブリーダーの男性と知り合い、付き合う事になった。清潔感があって、深慮深くて、料理の上手い、仕事熱心な人だった。そしてそのうち、彼から赤いもやもやが見えるようになった。

知り合った頃はそれは細く短いものだったが、告白される頃には私の腕ぐらいに太くなり、そして付き合って二年目。「大事な話があるから、今日君の家に行ってもいいかな」そう言われた時には私の胴ぐらいの太さになっていた。その時、わたしは気がついた。これは愛の大きさなのだと。彼の愛が私に対して大きくなる度に、もやは太く、長くなっていくのだ。

仕事を終え、先に仕事が終って私の帰りを待つ、彼のいる自宅へ帰るため急いだ。彼には内緒でお昼に頼んだ一番いいシャンパンを受け取って。私の家は、山の奥にある。一応あのランスにあんな事をして出てきたのだから、もしものためにと普通の人間ではとても思いつかないような所に建っていた家を借りたのだ。私の家を知っているのは私と、彼だけである。








息を切らし家に辿り着いた時、違和感を感じた。家の前になにか真っ黒いものが落ちている。不審に思い、腰のボールに手をかけて歩み寄ると、それは私を家で待っているはずの彼だった。急いで駆け寄り、彼の名を呼んだ。かすかな返事が返ってくるだけで、私のことを抱き返してくれはしなかった。彼には小さな傷や大きな傷、噛まれた跡がたくさんあった。まるでポケモンに襲われたような。彼を引きずるように背負い、手当と救急車を呼ぶべく家のドアの鍵を震える手で開けた。なかなか鍵穴に入らない鍵に、私は怒鳴り散らしそうになった。




家の中は真っ赤に染まっていた。最近買ったダイニングテーブルにひかれた白いテーブルクロスは、割れた瓶から溢れ出たワインで真っ赤に染まり、引き裂かれていた。私たちのために用意されていた椅子の足は折れ、そしてまるで何かの罰のように薔薇、ガーベラ、アルストロメリアの美しい花々は拉げ、千切れ、壁や床に飛び散っていた。花の蜜の匂いとワインの匂いが混ざり合っていた。けれどそれ以上に異様なものがこの部屋にはあった。まるで大蛇のように太く、長い、緑色のもやもやがこの部屋にいた。狭そうに、窮屈そうにぎゅうぎゅうにうねり、蜷局を巻いてこの部屋に詰まっている。唖然として立ちすくむと、彼が握っていた花の無い花束の包装紙が床に落ちた。


『殺さずに、甚振る。そうすれば、甚振られたものは警戒心を失い、いい所へ導いてくれますよ。』

『ランスは、ああ見えて、とても一途で純粋ですからね』

この二つの言葉が頭の中を駆け巡った時、後ろのキッチンから足音がした。







「ケーキを買ってきました、ナマエ。スポンジがあなたの瞼のように柔らかいのですよ。」

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