「やっぱり、人相手じゃ無理があるよね」 彼は人間じゃないから、私も人間でいてはいけない、らしい。 監禁されておそらく、一週間。ベルトルトは私の耳許で愛を囁き、愛を乞うた。食事、排泄、入浴の一切は彼の手によって為され、嫌がると頬を打たれた。でも、恐れていることはまだされていない。それならば、と服従して見せることにした。刺激して爆発されるのは避けたい。 こうして視界を奪われていてもわかる。彼は今、朗らかに笑っている。手足の自由も奪われて、猿轡されて抵抗ひとつできない私を見下ろして。 抵抗も反抗もするだけして殺してもらえたらよかったのに。 『殺してあげないよ?酷くしてあげるけど』 私の頬に爪を立てた彼から、無駄なことなのだと知らされた。 生きている。でも、生きることに全く喜びが感じられない。 人間って、生に執着するものじゃなかった?それは幸せな人間限定の心理? あはは、私も人外の仲間入りか。生まれてこなければよかったって、思う日もくるんだね。この男、ベルトルトに踏み潰された父さん、母さん、ごめん。 「君は君のままが可愛くて好きだから、人形なんて、どう?」 問いかけに、解答権はありますか。 人形だからないですよね。 「……なんで、ナマエは人間に生まれてしまったの?」 この声、ちょっとだけ気持ちが揺らぐ。同情を誘う彼の弱々しい声。優しいベルトルトがまだ彼に少しでも残っているのではないかって。ありはしないのに。 「巨人は人類の敵、なら、その逆も言えるよね」 不意に、大きな手で腰を捕まれて、足を大きく開かれる。まってやだそんなこと、他の男にされたくない。 「声、出しちゃダメだよ」 「――――――っ!!」 「だから、ナマエの人間らしいところ、大好きだけど吐き気がする」 恐れていること、人類の敵との性交。 欲って充足するものじゃない。増幅するものだって、なんで、今気づく。服従して解放されるわけがない。ベルトルトの優しさはすべて幻だったと知っているのに。 前触れもなく抱かれて、抵抗する暇もなくて、泣くことも喚くことも叶わない。 いたい、いたいよ。 でも、抵抗しちゃだめ、酷くされる、この男を拒むな。そうだ、私は人形、痛くないでしょ?悪い夢だと思えばいい。 「ナマエ、不感症?全然濡れない……あ、そうか人形だもんね、濡れないわけだ」 濡れないのは、あなたのための体じゃないから。 あの人に優しく、丁寧に、触れられた日が遠い彼方だ。懐かしい。ああ、でもこの男の精液まみれになった体はもう愛してもらえない。潔癖なあなたは、許せないですよね。寧ろ、許してくれなくていい。私ごと、駆逐してほしい。 「ナマエ、すごく可愛いよ」 視界が久方ぶりに開けたとき、目に写ったのは、自由の翼――私の誇りだったもの。ベルトルトは笑顔で、それを掲げて見せる。相変わらず笑顔は優しい。その分、この男の腹の底がわからない。 調査兵団のジャケットはズタズタに裂かれていた。羽を模したエンブレムは何重にも刃がいれられ、原形を保っておらず、血を流しているようにも見える。 羽をもがれた鳥だ、と。 お前はもう自由に飛べないのだ、と。 そんな風に言われてはいないが示されている。 「これ、君のものではないんだ。誰のだと思う?」 大切なあの人、この人の顔がぐるぐる。 だれ?だれでもやだ。やめて、知りたくない。 「君の大切な幼馴染み。顔なら特別に見せてあげられるよ、ほらナマエ、ご覧」 大きな手で鷲掴みにされている、蜂蜜色の髪の頭。美しかった髪はぼらぼろで黒ずんでいた。 涙は止めどなく溢れる。 やっと会えたのに、ねえ、首から下はどこにあるの? ごめんなさい、私のせいで。怖い思いさせて、ごめんなさい。私が貴方と幼馴染みだったから。 「いいよね、この子は人間で。なんの柵もなくナマエと一緒にいれて。ナマエ、よく見て。絶望した、この世の終わりの顔……みんなこの顔するよね。笑える――ああ、泣かないで、ナマエは人形でしょ」 頭を横へ乱雑に投げる。優しさの欠片もなかった。 優しい口調の割に、ベルトルトが涙を拭う手つきは雑。この男の苛立ちに、ひやりと背中に汗がつたう。 私が幼馴染み―他の男を想って泣いたから、酷くされる。 「次は誰がいいかな?」 目を細めてそう宣う彼に、涙も引っ込む。いや、泣いてなんかいられない。私に矛先が向くのではないの? 人形にでもなんでもなるから、次なんてやめて。言わないで。 いもしない神さまに願う。でも、知ってた。願いって無惨に砕かれるものだって。 「やたら話しかけてた××?それとも、憧れてた上官の××?仲の良かった××?××?××?ああ、そうだ」 君のことが大好きだった人類最強のあの人、でもいいね。いや、それがいい。あの間男を生け捕りにして、僕らが愛し合ってるところを見せてあげよう。彼には散々、邪魔されたからね。 逃げ場なんてないけど、どうか逃げて。 生きて。 この男に騙されないで。 ハンジ分隊長、エルヴィン団長、ミカサ、アルミン、エレン、 リヴァイ兵長、 「ばかだね、僕だけ見てたらよかったのに。浮気した罰だよ」 [←] |